第673話_ウェンカイン王城再訪

 城に向かう日の夜。私よりもカンナの方が準備で忙しくしていた。

「茶器とか、収納空間に全部入った? 私は何か持つ?」

「いえ、私の方に全て入れました」

「了解~」

 準備を気にするような声を掛けつつも、私は夕食後のお茶を呑気に傾けてソファで寛いでいる。他の子らから『良い身分だな』と言わんばかりの目が向けられていた。何せこの後に着替える服も今カンナが整えていつでも着替えられるようにと用意してくれている状態だ。うん、良い身分だと私も思う。

 ではそろそろ、私も用意しようっと。立ち上がったらすぐにカンナが傍に来て、着替えのお手伝いをしてくれた。いや、脱ぎ着は自分でしているが、服を脱いだら受け取ってくれて、手を出したら着る服を渡してもらえるの。ちょっとしたことなんだけどすごく楽。

「――よし、じゃあ、行ってくるね。明日の朝に帰るから」

 きちんと時間通りに準備を終えて、改めて女の子達に挨拶しておく。城に行くってだけでいつも心配させてしまうからね。ちゃんと顔を見せてから転移しなきゃいけないのです。

「朝ご飯、こっちで用意しておいていい?」

「あー、うん、助かる」

 普段の外泊と違ってお外でご飯を買うタイミングが無い為、帰宅後に作らなきゃいけなくなる。まあ、そんなに遅く帰りはしない。多分ね。書庫のラインナップによる。

 とにかくもう時間なので行かなきゃ。カンナを連れて王宮へと転移した。

 まずはいつも通り、王様が待機している応接間に到着。報酬の受け取りと書類のやり取りから。毎回のことなのに必ずやや長い丁寧な挨拶を受ける。育ちの良い私はそれをぶった切ってしまうのもちょっと躊躇われる為、とりあえず最後まで聞いてから座るのである。返事はおざなりだけどね。

「ところで書庫って飲食禁止?」

「書庫にもよるのですが、基本は可能です。書庫の中にテーブルやソファなども置いておりますので、そちらであれば」

 軽い雑談のようなノリだが、ずっしりと金貨の入った袋を受け取りながらの会話です。

「お茶淹れ係を自分の侍女にしてもいいの?」

「勿論です。クラウディアも侍女と待機すると思いますので、茶器など、何か必要なものがあればクラウディアへご指示下さい」

「分かった。ありがとう」

 貴族の中には、王宮に来ても身の回りのことは自分の侍女にしかさせない、王宮侍女は補佐程度で良いと言う人も少なくないんだとか。考えてみればそうだよね、いくら王宮の警備がきちんとしていると言っても、一番安全なのは自分の従者のみを傍に置くことだし、何よりその方が肩の力を抜いて過ごせる。私も同じ気持ち。

「じゃあ、そろそろ行こうかな。案内お願い――」

「申し訳ございません、もう一点だけ」

「うん?」

 立ち上がりかけていた私を王様は少し慌てて呼び止めると、傍に置いてあった木箱から一枚の紙を取り出していた。

「オルソン伯爵へと例の手紙は確かに届けました。受け取ったという一筆のみ、預かっております。返事は内容を確認の上、また改めてと」

「わざわざ一筆、書いてくれたんだね。ありがとう、モニカに渡しておくよ」

 メモ程度の小さい一枚の紙で、オルソン伯爵のサインと共に受け取った旨が書いてあった。

 確実にオルソン伯爵へ届けろと私が脅したから、王宮側が頼んで書いてもらったのかもしれないな。ちょっと面白い。何にせよ、これはすぐにモニカに送っておこう。私は分からないが、彼女ならこれがオルソン伯爵の筆跡だと多分分かるのだろうし、安心できるだろう。

「書庫の中でアキラ様にお見せできないものは、何もございません。ただ持ち出しについては……ご相談を頂ければと」

「あはは、いや、持ち出しはしないよ。大丈夫」

 最初に代替案として話した時にも、持ち出しはしないって言ってあるのに。でも全部見てもいいという許可が改めて王様にもらえたのは助かる。あの時はクラウディアからの言葉だったからね。

「ごゆっくりお過ごし下さい」

 深く頭を下げた王様に軽く手を振って、案内の侍女さんと共に応接間を出た。

 何故か王様の側近っぽい人も一緒に案内に付いて来たが、書庫に到着してすぐクラウディアに引き継ぎをしていた。私がカンナにお茶を淹れさせたいと言った件だ。伝え終えたらそれだけで、側近さんは私に恭しく礼をして居なくなった。仕事を増やしてごめんね。

「ご無沙汰しております、アキラ様。本日は私が書庫のご案内をさせて頂きます」

「うん」

 クラウディアが綺麗にカーテシーをした。彼女の傍に控えている二人は、侍女かな。

 ちなみにカーテシーとは言うが私の世界の西洋のそれとはまた型が違う。文化そのものが違うのだからこのような差は当然だろう。男性らの礼も、私にとってはやや目新しいしな。私が余計な思考を挟んでいる間に、姿勢を正したクラウディアが書庫の扉に視線を向けた。

「以前にもお伝えした通り、最も貴重な本は此方の書庫に保管してございます」

 扉は想像以上に立派なもので、この奥に巨大かつ荘厳な講堂があると言われても納得しそうな造りだ。少なくとも、私のイメージする『書庫』よりずっと大きく、『図書館』に近いと思う。

 今も扉の両側には全身が鎧に包まれた衛兵が立ち、セキュリティの高さを窺わせる。此処は常に施錠されていて、出入りや鍵の持ち出しは王族も例外なく全て記録されると言う。そして収納空間も封じられているそうだ。当然と言えば、当然か。

「紙やペンは中にあるものを自由にご利用頂いて構いませんが、ご自身でお持ちのものを利用される場合は先にご用意をお願い致します」

「なるほど」

 そっか、入ってからは収納空間が使えないから、出せないのか。別に拘りは無いものの、自分の持っているものを取り出した。足りなければ王宮の消耗品を拝借するスタイルにしようかな。

「茶器はお持ちなのでしょうか? 此方でご用意いたしますか?」

「いや、持ってきた」

「ではワゴンだけ、すぐにお持ち致しますね」

 そうね。茶器を手で持って入るのは大変だからワゴンは助かるね。

 既にお茶道具などは何処かに用意はあったのだろう。空のワゴンが素早く運ばれてきた。カンナが一礼をしてそれを受け取り、収納空間から出した茶器などを配置している。その準備が終わったところで、ようやく書庫の扉の解錠だ。

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