第672話

 カンナが侍女になる際の経緯について、本当のところを知っているのは私とカンナ、あとは私の女の子達だけ。

 なお、スラン村の人達にもそこまでは言ってない。「私が気に入って引き抜いた」とだけ伝えている。別に本気で隠そうと思っているわけじゃないけど、王宮所属のカンナ側から望んだことだって言うと変に疑われる要素になったら嫌だなと思ったから、敢えては告げなかった。私は特に指示していないが、女の子達も賢いから何も言わない。

 とにかくクラウディアの認識では、カンナはただ王妃治療を望む『王家側』の願いを聞いただけ。勿論、救世主の侍女は名誉なもので、カンナがこの人事に納得しているとことは理解しているだろう。私が王様達の目の前で彼女にその発言をさせている。その点を疑う余地は無い。

 だけど実際のところ、王家の願いなど何も関係なく、この人事はカンナの望みだった。クラウディアはそれを知らないから、「私はあなたを案じている」「何かあれば私を頼ってほしい」的なことをカンナに伝えておけば、上手く行けば『カンナを味方に付けられる』と思っているのだ。

 あくまでも「カンナを案じている」という理由を前面に出したままで、救世主に最も近い位置に置ける間者としてこの子を使おうとしている。

 ……ただの推測だ。そこまでの思惑が本当にあるかは分からないし、それを此方に確信させるほど愚かでもないだろう。この先ももしかしたら、真意を知る手立ては無いかもしれないな。

「ご不安を抱かれるのではないかと思い、お伝えしておらず……申し訳ございません」

 私が考え込んで黙ると、カンナは弱々しい声で言った。沈黙のせいで、逆に今カンナの方が不安になってしまったようだ。私はちっとも怒っていないし、彼女がずっと黙っていたことを責める気持ちも無いのに。

 肩に回したままだった腕に再び力を籠め、彼女を引き寄せ直す。

「いつも私の気持ちを考えてくれて、ありがとうね」

 カンナは少し驚いたように顔を上げた。瞳がやっぱり不安そうに揺れている。そんな彼女を見つめ返しながら、笑みを浮かべた。

「今の君は、私だけの侍女でしょ?」

 過去に拘らないと言えば格好いいが、私は過去にも割と拘るタイプだ。だから過去に私の愛おしい人を傷付けたやつが居れば今からでも引き摺り出して殺してやりたいし、悪い思い出じゃなくたって、昔の恋人とかはそれなりに妬く。

 だけどどれも過去でしかないなら、そんなものを引っ張り出して今こうして傍に居てくれる人を疑ったり、傷付けたりしようなんて思わない。

 それでも私は厄介で、やきもち焼きなので。過去でしかないことを、ちゃんと言葉で確かめたい。こんな面倒な質問にもカンナは嫌な顔一つせず、「はい」と短く答えた後、少しだけ目を細めた。

「今の私は、アキラ様だけの、ものです」

 思わず、肩を抱く手に力が入った。湧き上がってきた熱に、私も目を細める。

「……その言葉で、『本当』のタグを出すのはズルいよ」

 私は『侍女』って聞いたのにさ。まるで全部をくれるみたいに言って、それが本当だなんて堪らなくなるよ。いくらなんでも全てが私のものとは思っていないんだけど。少なくとも彼女がそう思っていることが、タグに反映されてしまったんだと思う。彼女が手に持っていたグラスを奪い、自分のグラスと合わせてテーブルへと避難させた。

「っ、アキラ様」

 そのままソファに押し倒したら、カンナが大きく目を丸めた。

「流石に、飲み直す余裕は無さそうだな。この後はベッドに行こう。……私の気が済んでからね」

 何かを言おうとしたのか、カンナは微かに唇を震わせたけど。言葉を待たずにキスで塞いだ。お酒とおつまみの片付けも、もう明日で良いです。

 急激に上がった私の熱を察してくれたのか、唇を解放した後もカンナは私を窘めることなく、大人しく身体を委ねてくれた。


 翌朝。

 まず目覚めたら、カンナの艶のある髪が目に入った。でも、後ろだ。此方を向かせて寝たはずなのに可愛い顔が見えない。寝返り……じゃないな。カンナが腕の中で、静かにもがいていた。起こさないようにそっと抜け出そうと頑張っている。愛らしいけど、許容できない。腕に力を込めて引き止める。

「だめ」

「アキラ様、お目覚めで……あの」

「やだ」

 今が何時なのか知らないが、まだカンナを離したくない。カンナの首筋にキスを落とし、前に回している手で少し身体を触る。

 カンナなら戸惑いながらも許してくれるかと思ったのに、慌てた様子で彼女の手は私の手を押さえ込んだ。

「あ、あの、お手洗いに……」

 むう。致し方ない理由を前に、私は渋々腕を解いた。我慢させたらカンナが病気になっちゃう。

「もどってきてね……」

「はい。すぐに」

 即答でそう返してくれたカンナは、ぽつんとシーツの上に残された私の手を優しく撫でてから、離れて行った。慰めてもらった。

 カンナの温もりが残ったシーツを掻き集めて寂しさを紛らわせ、うとうとしながら待つ。トイレを済ませたカンナは確かにすぐに戻ってくれたけど。

「アキラ様がお休みの間に、テーブルの片付けを――」

「いーやーだー」

 昨日私が急いたせいで放置しているワインとおつまみのことだと分かっていた。それでも私は全力で駄々を捏ねる。戻って来てほしいと訴えるべくシーツを捲り、両腕を広げた。たっぷり三秒間の躊躇の後、「はい」と、根負けするみたいな声でカンナが戻ってくれた。もう逃がさん。ぎゅっと腕の中に閉じ込めて、満足感いっぱいにひと息。

 私はこの幸せを噛み締めて、もう少し微睡まどろみたいのです。うとうと。

 と思いつつ。微睡んだのは十分くらいで、カンナの身体を触り始めるのである。

 さっきは後ろから抱き締めていたから前が触りやすかったけど、今はこっちを向いてくれているので後ろが触りやすい。背中から腰を辿り、お尻を撫でる。すぐにカンナは緊張した様子で身体を固めた。

「あの、あまり、時間、そんなに」

「ふふ」

 カンナにしては支離滅裂な言葉だったから面白くて笑っちゃった。お片付けとか身支度とか考えると、えっちなことをする時間はそんなに無いよってことかな? まあ、私達の帰りが遅くなると女の子達がねぇ。お腹空かせちゃうからねぇ。

「……カンナ」

 昨日からずっと繰り返している言葉を呟く。腕の中でカンナが小さく「はい」と言う。

 はあ、幸せです。

 しかしキリが無いので。もう十分ほど粘った後、ようやく腕を解放した。

「じゃあもう起きて、帰ろっか」

「はい」

 以降はもう引き止めたり邪魔をしたりせず、二人でテキパキと片付けや身支度を済ませ、みんなの朝ご飯を買って帰宅した。

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