第671話

「彼女はすごく国を想っている印象があったけど、随分と危ういことをするんだねぇ」

 苦笑と共にそう言えば、カンナはまた心苦しそうにしながら頷く。

 信仰心。その点だけで、クラウディアは王宮では危険視されている問題児となっているようだ。けれどこの国の仕組みを知ればもう、それを下らないことと言うのは難しい。宗教国家が神や信仰を失った瞬間なんて、ゾッとするよね。当然、王族の権威も地に落ちる。

「クラウディアは少し前まで、王妃と一緒に住んでたんだっけ」

「はい。王妃殿下が療養の為にきょを移されることになった際、クラウディア王女殿下もご一緒に移られました」

 後から追うように移ったわけじゃなく、同時に行ったってことか。

 ふむ。以前クラウディアから、王族の社交界に関することは彼女が管理していると聞いた。しかしそれは、王宮に居る方が余程動きやすかったはずだ。

 お母さんを傍で支えたいからとクラウディア自身が選んだことだったのか。それとも危険な思想を持つクラウディアを王様から引き離すべく『誰か』が画策し、彼女の意志や事情を抑え付けて出て行かせたのか。

 賢く、人心を掴むクラウディア。王様から愛されている娘。彼女の言葉に王様が揺らいでしまったら――と、危険視されても致し方ないように思える。

「うーん? いや、そう考えると逆に、自由にさせ過ぎている気もするか」

 もっと明確に彼女の思想や言動を『罪』として、一切外に出られないようにしてもおかしくないよな。でも実情ではクラウディアが社交界に出張っていて、他の王族は控え目だと聞いている。クラウディアこそ、社交界で思想を広められたら困る人だろうに、そんなことあるか? 私がそう言うと、カンナはちょっと困った顔で頷いた。

「クラウディア王女殿下はまだ一度も、ハッキリと救世主様を否定されてはいないのです。その為、言動を強く罪だと諫めることも出来ません。……王家の血筋であることも、また、揺るぎない事実ですので」

「ははは、なるほど」

 私は肩を竦めた。

 結局、周りの奴らよりもクラウディアの方が一枚も二枚も上手うわてだってことのように思えるね。

 救世主を声高に否定すれば身動きが取れなくなると分かっていたから、言い逃れの出来るギリギリの範囲で上手く立ち回り、じわじわと自分の考えを周りに飲み込ませようとしていたのかもしれない。

 噂によると彼女の主張は召喚の儀式についても絶対的な否定ではなく、「お呼びする前にもっと自分達で対応できる範囲を増やすべきではないか」「救世主様に依存し過ぎではないか」という、遠回しで、尤もらしいもの。つまり救世主様を慮るが故のことだ――と、やはり言い逃れが出来るのだ。

「噂、ねぇ」

 やや含みをもって私はカンナを見下ろした。視線が私から逃れて、落ちていく。カンナは軽く下唇を噛んだ。

「いえ、申し訳ございません。噂で知った、というのは偽りです。私は、クラウディア王女殿下がそれを提言される場におりました」

 変なタイミングで嘘のタグが出たので、クラウディアの発言内容ではない別の何かが嘘である気がして突いてみたら、案の定だった。俯いているカンナの肩を抱き寄せて、頭を撫でる。

 クラウディアがそんな危うい提言をした場所に『居合わせた』というのは、稀すぎる話だ。なんとなく、彼女が黙った理由も、当時の彼女のも察してしまった。

「王女と近しい存在だった過去があったとしても、私が君を敵だと疑うようなことは無いよ」

 そう告げれば、カンナが小さく「はい」と答える。声が僅かに掠れていた。

「私は、クラウディア王女殿下付きの侍女となっていた時期がございます。殿下が王宮を離れられるまでの、半年ほどの期間です」

 さもありなん、だよな。『王族に付く』と言うのは侍女の中でも最も位が高い者が担当しているはずだ。ならば最上位の侍女部屋に属していたカンナが王族の中の誰かに付くことは、むしろ自然とも言える。

 ただ、カンナはクラウディアの『専属侍女』ではなく、彼女の身の周りを担当する十数名の侍女達の中の一人でしかなかったらしい。専属侍女は別に居て、その人は、クラウディアが王宮を離れる時にも共に付いて行った――というか、クラウディアが引き抜いたのだそう。

「ですので、王女殿下にとって私が特別な侍女であったというわけではございません」

 この言葉には、タグが出なかった。カンナの方はそう思っていても、クラウディアからすれば多少は覚えめでたい相手だったのかもしれないな。『人の気持ち』に関してタグが出ないこともあるので、そのせいかもしれないが。

 さておき。そうなると、カンナが私の相手に選ばれたこと。そして私がいたくこの子を気に入ってしまったことは、クラウディアにとってどういう意味を持つのだろうか。

 うーん。

 この話を聞いてしまうと、今までのクラウディアの行動に色々と裏が考えられるようになるね。

「多分だけど、カンナ」

「はい」

「私の侍女になることが決まった後、クラウディアから『いつでも相談に乗る』みたいな親身な言葉を掛けられてない?」

「……恐れ多いことですが、ほぼその通りのお言葉を頂いております」

 なるほどねぇ。分かってきたぞ。

 クラウディアは一つだけ、大きな思い違いをしてしまっている。

 私の侍女になるという今の状況をそもそも望んだのは、カンナの方だ。その真実を彼女は知らなくて、まさか模範的な王宮侍女であったカンナが裏では救世主侍女への転職活動をしていたなどと、きっと想像すらしていない。

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