第670話

 お茶もカンナに淹れてもらえるとあれば合間に癒しが得られる。心強いことだ。

 軽く頷いてから、ワインとおつまみを口に運ぶ。生ハムは私の世界よりも高級食材になっていて、しかも質がピンキリ。幸い今日はすごく美味しいものを引けた。大当たり。最高。ワインとよく合うねぇ。カンナはお腹いっぱいだから食べないって。

「ところで、カンナは王宮の書庫や図書館って行ったことある?」

「はい。幾つかは、個人的にも、仕事としても訪れております」

 そういえば城内図を貰ったんだったな。王宮所属者以外には見せない・渡さないことが条件で。まあカンナには見せるけどね。この子の所属は書類上まだ王宮だから全く問題ないだろう。

「どれ?」

 躊躇いなく城内図を広げたら、カンナは少し目を細めた。多分、機密情報に対してまるで慎重さのない私のことが可笑しかったんだと思う。

 ナディア達なら小言の一つも言ったのだろうが、カンナはそれだけ。すぐに普段のままの彼女で、建物の一角を指差した。

「私個人としてよく訪れていた図書館は、こちらです。ですが此処は広く開放されていて禁書の類が保管されておりませんし、アキラ様をご案内する場所ではないかと」

「ほー、なるほど」

 広く開放と言っても流石に一般市民にまでは公開されていないらしいが、貴族は身分を証明するものさえあれば自由に使用可能となると言う。出入りが記録をされるくらい。

 城内にこのような書庫や図書館は四つ存在し、カンナはいずれも行ったことがあるものの、よく行く場所となると二つ。残り二つは侍女らの居住域からも少し遠くて、数えるほどしか立ち入ったことは無いそうだ。

「機密性の高い書庫になりますと、侍女としてしか、立ち入ることはございませんでした」

 その場合もほとんど長居しなくて、中に居る人に呼ばれてちょっと入る程度。今回みたいに専属侍女として付き添いで『滞在』するのは初めてだと言う。

「案内される書庫は既にご指定ですか?」

「ううん。でもクラウディアが、えーとこの書庫に重要な本を置いてるって以前言ってたから、此処だと思う」

 城の中でも特に奥まった場所にある書庫を指差したら、カンナは納得した様子で軽く頷いた。

「確かに此処は、城内で最も入室管理が厳しい場所の一つです。文官でもごく一部の方にしか入室許可が下りないと聞いております」

 清掃の為に入れる要員も、王族の私室くらい高いセキュリティで厳選されるらしい。それは厳しいね。だからこの書庫はカンナも入ったことが無いとのこと。そっか。じゃあ行く日は私もカンナも初訪問だね。

 とりあえず城内図はもう片付けておこうかな。もう少しお酒が回ったら雑に扱ってしまいそう。丁寧に畳んで、収納空間に入れておいた。

「……その、アキラ様」

「うん?」

 妙に言い辛そうな声が聞こえて振り返る。一瞬だけ目が合ったけど、カンナはそのまま視線を落とした。どうしたんだろう。首を傾け、続きを待つ。

「クラウディア王女殿下が当日、案内役になられると言うのは、おそらく……」

「あー、うん。まあ十中八九、『監視』だろうね。少なくとも王女はそのつもりだと思う」

 私がどんな知識を得ようとしているのか、何に興味を持っているのか。それを知る為に彼女は傍に付くんだと思う。私が手にする本は全て記録されることだろう。

 王様がそういう彼女の意図を把握しているかは定かではない。ただ、タグという能力を持つ私を相手取る場合、意図を自分の陣営内にも『共有しない』のが正解だ。誰か一人が捕まったら情報が吸われる可能性があるからね。だからクラウディアは何か企みを持っていても王様には伝えないだろうし、二人に同じ意図があったとしても、確かめ合うことはしていないと思う。

「……アキラ様、どうか、王女殿下にはお気を付け下さい」

「ふむ」

 彼女について油断しているつもりは無いが、カンナが此処まで言うのは珍しい。真意を問うように見つめると、カンナは更に表情を曇らせた。

「これは王宮の機密情報にあたるので、今後も知らぬふりをして頂きたいのですが」

「おお。分かった」

 なんだか重大な秘密を教えてくれるらしい。万が一にもそのるいがカンナに及ぶことが無いよう、私が知っていることはこの先も隠し通すことを誓おう。

「唯一、クラウディア王女殿下だけは此度の『救世主様の召喚』についてのです」

「へえ……」

 その言葉に『本当』のタグが出て、ざわりと肌が泡立った。

 一番は驚きが大きくて、それを今まで一切王女に、ゾッとする気持ちもあった。

 私から見ればむしろクラウディアが一番、王族の中では救世主わたしを上手く『利用する』ことを考えているように感じていた。以前に「カンナの負担を軽減させる為に」って交渉を持ち掛けてきたのは、救世主わたしが機嫌よくこの国の為に働く期間を、少しでも長引かせたかったからだろうに。

 一方の王様やベルクは国の利益より、まだ私の意志を尊重し、優先している節もあって……ああ、なるほど?

「彼女は、救世主へのが薄いんだね」

 私の指摘にカンナは僅かに眉を寄せ、躊躇いながらもはっきりと頷いた。

「少なくとも、そのように捉えている者が王宮内でも多くおります。その為クラウディア王女殿下は非常に優秀で人望の厚い御方でありながら、王位継承者としては名前が上がったことが一度もございません」

 ウェンカイン王国でも今までに女王の代はいくつもあって、優秀であれば上に男が居ても王位を継いでいた。だからクラウディアが二番目の子であることも王女であることも、継承者の候補になれない理由ではない。

 ベルクは理想的な王子様だし強くて賢いけど、搦め手が使えない人だ。政治的な意味での思考力はおそらくクラウディアの方が数段上で、国内全ての貴族らを上手く操ることまで考えたら、「クラウディアを次代の王に」という声があっても不思議ではない。

 しかしこの国では、『信仰心』――実際に国内でそうは呼ばれていないだろうから、救世主に対する『忠義心』かな。それは王位を継ぐ者にとって非常に重要な要素であるらしい。

 そりゃそうだよな。クラウディアが王になって、その代で救世主が必要になったとしても。クラウディアが救世主を呼ばないって言ったら始まらないし、渋々やったとしても仮に『信仰心』や『忠義心』が召喚儀式に必要な一つの要素だったとしたら失敗してしまう。

 そんなクラウディアの子が、彼女とは打って変わって信心深くなる――とも流石に思えない。自分の思想を子に反映させることは想像に難くない。そうなってしまえばこの『宗教国家』は根幹から揺らぐのだ。

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