第668話

 昼寝から目覚めるなり、何だか難しい顔をした女の子達に難しい話をされました。

「あー、うーん、まあ、そう」

 真剣な女の子達の声と比べて、私の声は酷くたるんだ呑気なもの。ちょっと恥ずかしいくらいに格好悪いな。でも寝起きなので許してほしい。

「本当に? 違うみたいな反応するじゃん」

 リコットの言葉に少し笑い、「違うことはないよ」と言えばナディアが即座に「じゃあ他にもあるのね」と突っ込んできた。その通りなんだけど。寝起きなのに手厳しくない?

「嫌な予感がするんだよね。あまり言いたくないな」

 先日学んだことだが「何でもない」と言ってしまうよりは、告げたくない理由をちゃんと伝えて、聞かないでほしいとこいねがう方が誠実だ。だから今回の私は素直に「言いたくない」と口にする方を選んだ。

「この世界に来てから私は、……自分があんまり強くないって知ったよ」

 女の子達はこの言葉に、戸惑った様子で口を噤んだ。あんまり、私らしい言葉ではなかったせいだと思う。

「ヘレナの時と、同じようなことになる気がする」

 あの時の私は今のように不安を抱くこと無く、面倒事がそこにある可能性を感じながらも『どうにでもなる』と思っていた。けれどそう単純に進まない物事ってのは現実には幾らでも転がっているのだ。痛い目を見て、学んでしまった。

「……知ってしまったら、引き返せない?」

「そう」

 ナディアは鋭いねぇ。私は軽く肩を竦める。

「何も知らないままで逃げたいところだけど。どうかな。とりあえず今はその最悪の予想を口にしたくないんだよなぁ」

 みんなは私の抱く違和感や疑問を聞きたいと願ってわざわざ問い掛けてきたのに、「言いたくない」と言うのを申し訳ないとは思っている。でも「ごめんね」と続ければ困った顔をしつつも「いいよ」と言ってくれた。

 自分の心の弱さを突き付けられる度、居た堪れなくて、情けなくて、苦しい。そんな場面に直面したくなくて目を逸らすことも結局は弱さでしかなくって、……はあ。もうあんまり考えたくないな。

 鬱々とした気持ちを振り払うように頭を振ると、心配そうにみんなが視線を向けてきたものの。それ以上、追及はしてこなかった。優しい子達だ。


「――今夜は、お店じゃなくて宿で飲んでもいい?」

 夜になって、夕食も終えた後。カンナに上着を着せてもらいながら問い掛ける。今日は店に入るのが億劫な気分。当然カンナがそれに異を唱えることはなくて、「はい」と短く承諾してくれた。ありがとうね。

「朝食までに戻るね~」

 見送ってくれる女の子達に手を振って、外泊先へと向かう。カンナを連れて行く宿はいつもちょっと高めのところだから、部屋にはゆったりと座れる大きなソファとローテーブルが付いていた。互いに風呂を済ませた後はそこで飲むことにする。

 でも並んで座るなり、お酒に手を伸ばすより先にカンナの腰に腕を回した。ちょっと跳ねる勢いでカンナが緊張していて可愛い。

「カンナも腰、細いねぇ。もうちょっと食べた方が良いかなぁ」

「い、いえ、既に日々の食事で太りそうで困っているところで……」

「どうして? もうちょっと付けても充分に細いし、綺麗だよ」

 お世辞じゃなく本心だ。カンナはうちの女の子達の中でもひと際細い。ちょっと前ならナディア達も不健康だった為に細かったけど、最近は骨が浮き出るほどの細さはなくなった。だけどカンナはちょっと骨が浮くところがあるんだよね。この辺……と思いながら断りもなく腰骨付近を撫でると、更にカンナが慌てていた。

「ドレスが、入らなくなってしまいますので」

「あー」

 貴族令嬢はそういう点があるかぁ。しっかりお金を掛けて仕立てたドレスの数々が入らなくなっちゃうと、確かに困るよね。贈り物も含まれているだろうし。あまり機会が無いとは聞いているものの、これから先も永遠に無いわけじゃない。貴族社会に今も身を置いているカンナの立場を考えれば、それを「どうでもいいじゃん」と一蹴するほど横暴にはなれない。

 だけどご飯は美味しく食べてほしくて、我慢もしてほしくない気持ちが多分にあり……複雑だ。

 沢山食べる日と、ちょっと控える日を適宜スイッチして過ごすのがいいかな。本当に困ったらみんなでダイエット献立を考えてみようね。お手伝いしましょう。

 等と考えながらも、脈絡なくカンナをソファに押し倒してみた。当然、私の下でカンナがおろおろしている。

「アキラ様、その、お飲みになるのでは」

「んー、あとで」

 反論を飲み込むように口付けながら、服の上から身体に触れる。でも、脱がすのは本当に『後』にします。直に肌に触れたら私は止まれないと思うので。

 ソファでいかがわしいことをするのは流石に不慣れみたいで、カンナはずっと落ち着かない様子でそわそわしていた。でもそれも含めて可愛いので長めにイチャイチャしました。

「さて飲むか。いいよ、カンナ、ゆっくりで」

「はい……」

 散々好き勝手にされたカンナが既にちょっと疲れてしまっている。くたりとしているカンナを横目に、私は二人分のワインを用意して、つまみを並べた。

 三分ほどすると回復したカンナが髪などを整えて座り直したけど。また即座に腰へ腕を回したら固まっていた。回復させる気が無いわけではない。腕に抱いていたいだけ。数秒後、ただ添えられているだけだと分かったらしいカンナがようやくワイングラスに手を伸ばす。その様子を見守ってから、小さな乾杯。

「ところでカンナ」

 まだちょっと疲れているのか、カンナは無言のままで私を見上げた。少し緩んだ目が可愛いなぁ。

「聞きそびれてたけど。みんなが絡まれる前、君も何か騒動に巻き込まれていたのかな」

 ジオレンをしばし離れる切っ掛けとなった、女の子達が馬鹿な男四人に絡まれてしまったあの日のことだ。

 お菓子を買う為にカンナが一人で離れて、戻るのが遅くて、待っていたら絡まれたって話だった。生真面目なカンナが「すぐに戻る」と言って長く戻らなかったこと自体、やや気になっていたんだよね。自分から話さないから、女の子達の前では聞かなかったんだけど。そして今まで聞き忘れていたんだけど。

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