第667話_難しい話
昼食後にはいつも通りカンナにお茶を淹れてもらって、ひと息吐く。ソファで私の様子をそわそわと窺っていた女の子達は、落ち着いたら私が今日の仕事内容について報告するのを待ってくれているのだろう。
「私はちょっと昼寝するかな。話はカンナから聞いて~」
しかし、報告をするのは、私ではないのである。さっさと立ち上がり、カウチに向かう。女の子達が揃って項垂れたのが視界の端に見えた。
「……カンナに頼んだことを改めて申し訳なく思ったわ」
「アキラちゃんがますます横着するようになっちゃうね」
お気付きになられましたか。ふふっと笑うだけで、私は自らを省みることなく、そのまま昼寝用カウチに寝そべった。付いてきていたカンナは私のブランケットを整えたら、すぐに離れて行く。
それから女の子達の傍に戻ると、今日の王城での出来事や王様から聞いた話を丁寧に説明し始めた。業務報告っぽい彼女の淡々とした声が今は妙に心地良くて。私はそれを子守唄代わりに、穏やかに眠り落ちた。
* * *
「アキラちゃん眠ったっぽい?」
「みたいだね」
「……疲れるような依頼ではなかったのではないの?」
一通り今日の説明を聞いた後、いつの間にか眠っていたアキラをみんなで見やる。何処か疲れ果てたような姿に、やや不思議そうに首を傾けた。なるべく刺激をしないようにはしているものの、極端にひそひそと話しているわけではない。しかし彼女らの声に反応する様子も無いほどにアキラはぐっすりだ。
「お気持ちがお疲れになったのかもしれません。アキラ様は陛下のお話の間、ずっと何かが引っ掛かっているような、難しいお顔をなさっていましたので」
カンナはそう言って、気遣わしげに目を細めてアキラを見つめた。
「政治のことなら、私じゃ難しくて分かんないなぁ。ナディ姉とカンナ宜しく」
「わ、私に分かるわけがないでしょう」
焦った様子でナディアが返すと、みんなはくすくすと笑った。ナディアは低層の娼婦として生きてきた者にしては難しい話も理解している方だ。だが、アキラやカンナのように高いレベルの教育を受けた者と比べられては堪らないのが本音だろう。
「私は『嫌な話』だとは思うけれど、『変な話』だという感覚が無いわ。だけど『引っ掛かっている』と言うのは、後者なのでしょうね」
「はい、そのように見えました。陛下も気付いていらっしゃったとは思います。徐々に、不安な顔をなさっておいででした」
分かるわけがない、と宣言しつつもナディアは真意を読み解こうと深く考え込んでいる。
「戦争、起こるのかなぁ……」
不意にルーイが、不安を宿した声で呟く。彼女の生まれはセーロアとの国境にある町だ。幸い、セーロアとの戦争が始まる前に離れているけれど、小さな頃に過ごした短い時期のこともよく覚えているルーイだ。故郷近くが戦争で荒れていると聞くだけで、ぞっとしていたことだろう。
「どうかしらね……そもそも今、戦争の為に時間や兵を割く余裕があるのかしら。時期が悪いというか、タイミングが異常なのは事実よね。それともアキラが指摘したように、容易く……いえ、待って」
ふとナディアが言葉を止め、何かに気付いたように眉を寄せる。するとカンナも同様に少し視線を落とし、思案する表情になった。
「なるほど、そういう疑問かもしれませんね」
「二人でだけ納得しないで~やさしく話して~」
リコットが情けない声で訴えてみせれば、ナディアは思わず顔を綻ばせ、カンナも眉を下げて雰囲気を緩めた。
「フォスター家に渡された魔道具のようなものがマディス側に多くあり、魔王と対峙できる自信があるとしましょう。それと同じく、我が国をも容易く制圧できると考えている場合。……やはり、国内に侵入して魔法陣を敷くようなやり方は、あまりに回りくどいものです」
侵入してきたならもっと直接的な攻撃方法があるだろうと、今回の件が明らかになるより前からアキラも何度も考えていた。それが、マディスに『強力な兵器』があるという憶測が加わったことで更に奇妙になるのだ。
「魔法陣も、多くが直接的には人を害さず、魔物を活性化させたり、薬草を破壊したりといったもの」
人よりも魔物や獣は『術を掛けやすい』ということはあるかもしれない。けれど、対象を選ばない攻撃的な魔法陣など幾つも存在するのに、彼女らが知る限り、そのような魔法陣は一つも敷かれていない。
「唯一、レッドオラムだけは魔物を操ることで明確に襲撃されておりますが。……お話だけを聞いた私としては、『小さな町村が複数狙われていればもっと被害は大きかった』と思いました」
「確かに……レッドオラムは国内でも防衛力の高い街だわ。結局、最後まで魔物は街中には侵入してこなかった。あの街だから、あの程度で済んだのね」
ナディアの言葉に他の女の子達もハッとした顔をした。カンナが深く頷く。
被害を受ける場所が分散されれば、兵も分散される。そうなれば結果的には一般の犠牲者数も、兵士らの犠牲者数も遥かに多かったはずだ。
となると、賊らはわざわざ、『被害が出にくい大きな街を襲った』ことになってしまう。単に街の防衛力を読み違えたのだろうか。アキラが助けに入らなければ確かにあの街でも落ちる可能性はあった。しかしカンナの言う通り、もっと弱い場所を狙った方が効率は良かったはずだ。
「その全てがただの失策であって、本当に国力を削ぐ為に行動を起こしていたとしましょう。戦争を仕掛ける前に弱らせて、確実に葬る。悪くはない作戦です。しかし、侵入者を捕らえられ、マディスの手の者だと知られるリスクは本当にそれに勝るのでしょうか?」
女の子達は揃って難しい顔で、考え込んでいた。彼女達が飲み込むまでを数拍待ってから、カンナが続ける。
「こちらに戦争の準備をさせ、先手を取らせる可能性すら含みます。……賢いやり方ではないですね」
少しの沈黙の後で、リコットは長い息を吐きながら頭を振る。
「うーん、魔王に勝てるくらいの戦力を本当に持ってるなら、それで奇襲して潰しちゃう方がずっと確実で、時間も掛からないよねぇ」
その矛先が自分達の国なので堪ったものではないけれど、盤上に置くように冷静に考えてみれば、やはり、その方が手っ取り早いことが分かる。
「まさか向こうの女王までフォスター家ほどバカではないでしょうし、侵入者が捕まるかもしれないことくらい分かるわよね」
「少なくともフォスターは捕まったら喋るって、絶対分かる」
「それ」
ナディアに続いたルーイの鋭い指摘に、満場一致で頷いた。フォスターは元侯爵だが、今やただの犯罪者だ。声を潜める気も無く言いたい放題である。
「確かに、筋が通っているようで通っていないわ。まだ何か、足りていない情報があるのね」
女の子達はようやくこれが『変な話』であることに納得しつつ、アキラが昼寝から目覚めたら改めて聞いてみることにした。
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