第666話_森散歩
気が緩んでからようやく、カンナの腰に回していた腕を緩める。私に身体を預けてくれていたカンナは踵をしっかりと地面に下ろして、姿勢を整えた。
「立ちっ放しだったけど、足は平気かな」
「はい。移動もほとんど飛行のみでございましたし、飛行の間はアキラ様が抱いて下さっていたので恐怖も無く。大きな疲労はありません」
「そっか。良かった」
出発前からあまり休憩させてあげられていなかったし、王宮では私しかソファに座っていない。心配ではあるものの、タグは『本当』だと示してくれるので安心した。
「実際は」
「うん?」
カンナから離れて、歩こうと思った瞬間。彼女が口を開いたから足を止めて振り返る。
「……いえ、失礼いたしました」
私が『静かに』歩きたいと思っているのを察したカンナは、会話を続けようとしたことを申し訳なく思ったらしい。気遣いに少し笑い、「いいよ、続けて」と告げる。カンナは小さく頷いた。
「他者を飛行させるのに、触れる必要は無いのですね」
「あはは。うん、無いね」
突っ込まれちゃったよ。
まあ、気付くのは当然だけどね。ベルクやコルラードには微塵も触れずに飛行させたんだし。
「ラタが、飛ぶ時に手を放すのを怖がっていたからね。君も不安になるかもしれないと思って。あと、君に触れるそれっぽい理由にもなるし」
しっかり正直に後者を白状しておく。だってさ、転移なんてそれこそ触れる必要は一切無いんだよね。前回のスラン村への転移ではカンナも他のみんなも私に掴まっていなかったし、最近はもう誰も怯えていないんだから。「不安にならないように」なんて言い訳だ。カンナに触る口実にしたかっただけ。
まあ、他に理由が何も無いとも言わないけど、この理由が一番と言っても全く過言じゃない。いちいち抱けるのが嬉しかった。
カンナは流石にそんな理由とは思っていなかったのか、何と返していいか分からない顔で戸惑い、小さく「さようで……」と呟いた。可愛い。
その後は私も何も言わず、カンナもただ静かに後ろを付いて歩いていた。森の中なので獣も魔物も居るのだけど、広めに結界を張ったから近付いてくることは無い。
のんびりと散歩を進めながら考え事をしていた私が次に振り返ったのは、二十分後くらい。後方でカンナがたたらを踏んだ音が聞こえたからだ。立ち止まって、振り返る。
「疲れた?」
「いえ、小石を踏んだだけです。申し訳ございません」
私の考え事を邪魔してしまったと思うのか、
「道が悪い中で、長く付き合わせたね。足は痛めていないね?」
「はい、怪我はありません」
「うん」
それならいいんだよ。私の我儘でカンナに怪我をさせてしまったら辛いからね。治せるから良いという問題ではない。考え事の方に思考が取られてこの子を気にする意識が徐々に減っていたから、これくらいで留めてくれて丁度良かったかもしれない。
「そういえば女の子達に頼まれてた、報告の件だけど。伏せてほしいことがあれば都度言うから、それ以外は全て話して構わないよ。こうして君を散歩に連れ出したこともね」
「畏まりました」
じっと見上げてくるカンナが可愛いなぁ。少しだけ固くなっていた気持ちが解けて緩んでいく。
「ねえカンナ。今夜、私と寝ない?」
割とはっきりとベッドにお誘いしてみる。前触れが全く無かったせいで驚いたのか、カンナがぱちぱちと目を瞬き、数秒の沈黙。
「ええと、外泊、でしょうか」
「そう」
私が頷くと、また二つの瞬き。少しだけ照れたような色が彼女の瞳に宿って、「はい」と答えた声は温度が上がったように思った。これも私の願望かな。
「ありがとう。じゃあそろそろ、家に帰ろうか。きっとみんなが心配して待ってるから」
次に返った「はい」の声はいつも通りのカンナで、しゃんとしている。その様子を見守ってから腰を引き寄せ、ジオレンの家へと転移した。
「ただいま」
「――おかえりなさい」
私達を見止めて四人がホッとした顔を見せた。全員、部屋に居たらしい。
「お昼は?」
「まだ。みんなは?」
「もう食べたけど、念の為に残しておいたの。それで良ければすぐ用意するよ」
「助かるよ、ありがとう」
もし私達が戻らなければ、その残り物は夜に食べる予定だったそうだ。帰宅時間が分からないから色々と気を遣わせて申し訳ない。でもお腹は減っていたのでありがたい。
上着をカンナに任せれば、カンナはそのまま侍女服を着替える為か衝立の向こうに消えた。
リビングの端に女の子達用の着替え場所があります。普段その場所を使わない私じゃ見えないところ。カンナは淑女としての恥じらいだろうが、他の子達は私に対する警戒である。悲しい。でもいいんだ落ち込まない。何と言っても今夜はカンナが癒してくれるからね。
「今夜、カンナを連れて外泊するね」
「報告より先にそれかぁ……」
ランチを取りながら先に予定の方を話すとリコットが苦笑いした。ナディアも何だか脱力していらっしゃる。
「あなた、具合は? 悪くなる可能性があるなら、カンナ一人に任せたくはないのだけど」
「大丈夫。今日は大したことしてないから。反動は出ないよ」
正直に答えたのに、女の子達はそのまま視線をカンナに移動させた。私の言葉にはまるで信頼が無いのである。何度も隠し事をしたので自業自得ですね。カンナは全員の視線を受けて、無言で頷いていた。食べている最中だから言葉が出なかったみたい。小動物っぽくて可愛い。
「ラタ~、お代わりください」
「はいはい。食欲もあるみたいで、安心したよ」
私の為に沢山作ってくれていたらしいシチューをお皿いっぱいに入れてもらう。ラターシャは何処か嬉しそうに目を細め、そんな私を見つめていた。
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