第665話

 王様は一度背後を振り返ると、幾つかの資料を従者から受け取った。

「以前、調査を依頼して頂いた『魔物の増減』と『移動の可能性』についてですが……此方はまだ何も分かっていないのが現状です」

 ふむ。私の方もあれ以降は新しい情報が入っておらず、進展が無いんだよな。しかし何か資料を手に持っておいて流石にそれだけの報告ではないだろう。続きを促すように頷くと、王様は数枚の紙をテーブルに置いた。

「それでも、南部の領主らからは一様に『減っている』と報告が上がりました」

 地図で場所を示しながら、報告内容がまとまった紙を順に見せてくれた。

 ほうほう、丁寧な仕事だね。王様の従者さんがまとめた報告書かな。具体的な魔物数などを記録している地域は無いものの、魔物討伐の為の出兵数や規模は記録があり、その増減が表になっていた。当然バラつきはあるが、確かに、南の方はどの地域も減っている傾向が見られた。ジオレン付近も含まれている。

「市中でも相当この話は出回っているそうで、既に王都でも噂になっております」

「あー、もうそこまで回ったんだ」

 ジオレンから王都はかなり離れている。それでもこの早さで伝わってしまったなら、全土に噂が回るのもそう遠くなさそうだ。王様が調査の為に連絡をしているので貴族らは全土の者が知っているだろうが、まだ公表は認めていないと言う。しかしこれはもう時間の問題だねぇ。

「隠居している貴族からも、南部への移住を検討する声が出ているようで」

 なるほどねぇ。もうお仕事を終えた貴族なんかは何処に住んでいても不便さえなければ良いわけだし、より安全って言われる南部に行くという選択は、分からなくもない。ジオレンはむしろそのせいで治安が悪化したけどね。うーん、まあ、これは伝えなくてもいいか。

 ただ、そういう高齢貴族なんかは移動自体が身体の負担となるものだし、今のところ移動に関しては慎重になっている者の方がずっと多く、大きな動きはまだ無いと言う。所詮は噂の域を出ていないこともあって、裏付けを取っている段階でもあるかもしれない。

「今は此処までしか情報が入っておらず……申し訳ございません。何か分かり次第、またご連絡いたします」

「うん、ありがとう」

 今見せてくれた資料だけでも、ちゃんと情報収集をしてくれているのは分かる。冒険者ギルドに居る便利な部下――もとい、ヘレナを使って監視させていても全く追加情報は無しなんだから、この件はちょっと難しいのだろう。もっと長期的な変化かもしれないしね。

 さておき、これで王様からのご報告とやらは以上だそうだ。楽しい報告は特に何も無かったものの、城も色々と頑張っていることは分かったから、良しとするか。

 紅茶を飲み干したらお暇しようかなと思ってティーカップに手を伸ばした時。ふと、自分の方にまだ用件があったことを思い出した。

「あ、忘れるところだった。ちょっとお願いがあったんだよね」

 王様は軽く目を丸めてから、「はい、何でございましょう」とすんなりと返事をする。私からのお願いって偶にめちゃくちゃ面倒なことも持ち込んでいるはずなんだけど、ちょっとは警戒しろ。慣れるな。

 こういう時に必ず『気に入らない』と感じるのは完全に悪癖である。今は飲み込んだ。

「私からっていうか、モニカからの依頼」

 でも流石に彼女の名を出すと、瞬時に部屋の中が緊張し、王様が軽く背筋を伸ばしたように思った。さっきの不満が霧散した。気分が良い。ニコニコしないようにだけは気を付けておく。

 モニカが怖いのか、モニカの話をする時の私が怖いのかは、まあ、どっちでもいいか。私は収納空間から、預かった手紙を取り出す。

「これ、オルソン伯爵にお手紙。市中から適当に送ったらちゃんと届かないかもしれないし、王様、確実に届けてくれない?」

「承知いたしました。……その、どのような、用件で」

 恐る恐ると言った様子で尋ねてくるのが面白い。私が内緒だと言えば追及はしてこないだろうが、それをしてしまうと今回わざわざ王様を通した意味が半分失われてしまう。悪戯心もまた、飲み込んだ。

「大したことじゃないよ。私の領地にも伝書の鳥を置きたいからさ。風鳩の卵とか、飼育に必要なものを工面してほしいって話」

 唐突な話の為、王様含め部屋の全員が飲み込むのにやや時間を要していた。たっぷり三秒の沈黙の後に「なるほど」と呟いている。笑いそうになるから止めてくれ。

「勿論それだけなら王様に頼もうかなーって思ったんだけど。これを口実にさ、モニカには以前に仲良くしてた家とまた連絡を取らせてあげたいんだ」

 王様の方で工面を申し出てくるより先に、わざわざオルソン伯爵を選んだ『尤もらしい』理由を続ける。

「本人から言い出しにくいかもしれないし、私の用事を頼むついでにね」

 あながち全部が嘘じゃない。モニカ達に、取り戻せるものは取り戻してほしいって思っているのも本当だ。

 こういう理由ならもう、王様からは文句の付けようが無いだろう。心苦しい顔もしながら、小さく頭を下げた。

「探るような真似をしてしまい、申し訳ございません」

「いやあ、気になるのは道理だよ。でもモニカの為にお願いね。その内モニカが直接連絡を取ることもあるだろうけど、別にいいよね?」

「勿論でございます。私にそれを制限する権利はございません」

 予定調和の会話に満足して、オルソン伯爵宛ての手紙を預けた。

 ちなみにカンナのお父様宛ての手紙はカンナが持っている。これは王様を経由する必要が無いので、ジオレンに戻ってからのんびり出せばいい。

「じゃあまた二日後に」

「はい。お待ちしております」

 互いの用件が済んだら、さっさと挨拶して失礼することにする。立ち上がればすぐにカンナが傍に立ってくれた。来た時同様、柔らかく引き寄せて、転移した。

 だけど転移先は、ジオレンの家にしなかった。

「……驚かせてごめん。ちょっと散歩したい」

「はい。問題ございません」

 森の中に唐突に転移しても、カンナはぱちりと一つの瞬きをしただけ。返事も落ち着いていて早かった。こうして想定外の場所に転移させるのは二度目だから、そのせいもあるのかもね。

 王様に呼び出されたのはまだ午前中だったし、今もお昼に差し掛かった辺り。今すぐ戻れば女の子達と和気あいあいのランチタイムが出来るかもしれなかったが、ちょっと静かなところを歩いてから帰りたい気分だったのだ。

 真上辺りに位置する太陽によって差し込む木漏れ日が綺麗で、少し、気持ちは和らいだ。

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