第664話

 私は素直にその所感を口にすることにした。

「敵国なんだから、弱った方が良いんじゃないの? 攻め落としやすくなるし」

 この世界に生きていない私には、国々の関係とかはピンと来ない。だけどこの世界の者にとって当たり前のこととするなら、疑問はちゃんと口にしないと話が進んじゃう気がしたから。

 王様は私の疑問に一つ頷くと、丁寧に説明を付け足してくれた。

「確かに友好国ではなく、敵国と言って差し支えありません。ただ我々には交易を続けるメリットが互いにございました。その為もう千年近い間、大きな諍いは無いのです」

 だからそれを崩そうとしてくるなら、国内で余程大きな出来事があったのではないかと予想しているらしい。

 国を戦争に駆り立てる『大きな出来事』として私が思い付くのは、干ばつなどの災害だ。国が貧窮してしまったから、周辺国から食糧などを奪おうとしているのかも、って感じ。

 だけど、王様はそれも違うと言った。

 千年もの時間があれば今までにそういう災害はどちらの国でも起こっていて、その度に、お互いきちんと配慮して支援を送り合った。どちらかが傾いているからと言って攻め入ってしまおうという動きも特に無かったそうだ。

 この世界で、大国と言えばウェンカイン王国とマディス王国しかない。自らの国が傾いた時に助けられるのはお互いしかないことを、よく分かっていたのだ。今までは。

「確かにそう考えると、片方を崩そうなんて愚の骨頂だねぇ」

 しかも、ウェンカイン王国は魔王が復活した時に『救世主』を呼ぶことになっている。歴史の中でもマディス王国を含む『この世界の全て』の平和を守っていたのなら、マディスの方にこそ、ウェンカイン王国に手を出せない理由があったのではないか?

 王様は特に、このタイミングで動いてきたことも、気になっているという。

 救世主わたしが既に召喚されていることは知らないだろうけれど、近年、魔物や魔族による被害が増えているのはウェンカイン王国だけではないはず。それなら、魔王が復活している可能性、またはその兆候ではないかと考えるのが自然だ。

 そんな状況ならウェンカイン王国に対していち早く支援を送って機嫌を取っておくべきであって、逆に追い詰めようとするなんて自殺行為だ。こんなことをしておいて今後、魔王を前に自分達の安全をどう守る気なんだろうか。

「フォスター家に提供していた魔道具を考えますと……」

「はあ、なるほど? 自分達だけでも魔王に勝てる算段が立ったから、切り捨てる気かもしれないってこと?」

 やや呆れた気持ちで口にした予想に、王様達が神妙に頷く。

 だが今まで魔王と戦っていたのは救世主のはずだ。救世主抜きで『どの程度の戦力があれば勝てるか』を概算する術が無いだろう。そんな状態でその『算段』はどう証明するんだよと思うけど。何かしらの確信を得ていたとしたら、無い話でもない……いや、うーん、バカに思える。

「思惑は不気味だけど、タグを見る限りは……マディスの女王の指示で侵入して、この国の力を削ぐ為に魔法陣を敷いて回ったのは事実、なんだよねぇ」

 そういえば何の説明もなく『女王』と王様は言っているが。マディス王国が女王であることは王様から聞いたことではなく、案内の侍女さんから偶々聞いたことだ。私がそれを知っているつもりで話を進めているということは、ちょっとした雑談まで報告されているってことだね。まあいいけど。

「現在、マディスとの国境の門全てに検問専用の部隊を投入し、侵入は二度と許さぬようにと注意しております」

 ただ、中立地帯は今までと変わりない状態にしておいて、ウェンカイン王国内に入ってから改めて検査をする形にしているらしい。マディス側に、こちらの対応が変わったことを悟らせない為だそうだ。

 確かに中立地帯の行動をあからさまに変えたら、侵入者らがマディスの者だって気付いたことが伝わってしまうものね。

「間者をマディス国内に潜ませてはおりますが、流石に国家機密に触れられるところまでは入り込めませんので、疑問を解消できる助けにはなっておらず」

「えぇ、人、送り込めてんの?」

 さっき行き来は完全に禁止だって言ってなかったか? 聞く限りの状況では流石にスパイなんて入れるのは難しいでしょ。目を真ん丸にしている私に、少しだけ王様は目尻を緩めた。

「その辺りは互いに『あの手この手』というものです。あちらも、平民程度であれば我が国に入れていることでしょう」

「うへぇ~」

 私に対して言葉を濁すってことは、相当エグイ手を使って入れてんだな。はぁ。ご苦労なことで。

 さっき、『全て捕らえた』の報告を『この騒動で入ってきた賊』に限定して言ったのも、そういうことだね。この件とは別の理由で既に入ってきている間者まで含めたら、流石に洗い出しようもないのか。

 ただ、ウェンカイン王国は血筋をかなり重要視している為、地位をお金で買うことはほぼ不可能。よってそのような侵入者が国内で地位を得て中枢に入り込むことは考えにくい。王宮で働く者も出自がハッキリしている者しか居ないから、マディス関係者であることはまず無いだろう。……まあ、フォスターみたいにお金で買われたウェンカイン王国生粋の貴族が居たら、どうにもならないが。

 さておき、そんな厳しい王宮ではあるものの、流石に補修工事の人員など、一時的に外部から人を入れる際は全ての者の出自まで調べることが無く、そのような折に城内図くらいは作られている可能性はあるとか。

 という流れで、ウェンカイン王国側も、マディス国内の詳細な地図や、城内図はちゃんと手に入れているんだって話してくれた。怖いね。

「あれ? ってことは、マディス側にはフォスター家が落ちたことも知られてる?」

「……はい、その可能性が高いかと。ですので、侵入者の捕縛に関して知られるのも、時間の問題でしょう」

 なんだ。じゃあ、中立地帯を一見いつも通りにしているのも、ほんの短い時間稼ぎでしかないんだな。まあ、仕方ないか。

 今後は侵入者らから更に事情を聞きつつ、向こうの動きを少し待つ予定だそうだ。全く口を割らない相手から『更に事情を聞く』つもりってことは、酷い拷問とか自白剤とか、言うに憚られる手段だろうな。深く聞かないでおこう。

 何にせよまだ時間の掛かりそうな話だ。

 此処までの被害を被っていて今も『待つ』という姿勢を取るのは呑気にも思えるが。不可解な部分が多すぎて、動きにくいのは事実だよなぁ。

 正直、私は政治的なことは疎い。父や兄の意見が聞ければ良いのに。……こんな時に妙に恋しく思うなんて、ちょっと面白い。

「とりあえず分かった。報告ありがとう」

「また何か分かりましたら、ご報告いたします。それに関して依頼をさせて頂きたくなった場合にも、改めてのご相談を」

「うん」

 頷いたものの、マディスと戦争になったとしても私は巻き込まれたくないと思っている。

 人を殺す為に働くなんてごめんだ。結界を張れとかそういう依頼なら、まあ、内容によりけりだとしても。

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