第663話

「話が逸れたね。ごめん、続けて」

 巨大魔道具について掘り下げて聞きたいこともまだあるけど、今回の主題じゃないからね。私の言葉に王様はまた軽く会釈をしてから、報告を進めてくれる。

「フォスター家系の者によると、侵入者らの目的はウェンカインの『国力を削ぐこと』でした」

 この発言にも『本当』が出た。うーん、敵国の考えることとしては分からなくもないけど、変に引っ掛かるな。

 とにかくそういう話らしくって、ウェンカインが崩壊することになったらその折にはフォスター家とその協力者らはマディス王国で保護し、国内で今と変わらぬ高い地位を用意しておく、という取引だったそうだ。

 フォスター家は正真正銘のバカだから何にも考えずに目先の金とか甘い話に踊らされて合意しそう。何の疑問も無い。

 何にせよマディス王国内での『地位』を本当に約束できるなら、首謀者はかなり高い地位と権力を持っていることになる。ウェンカインほど大きな国を相手取ろうとしているなら、むしろマディスという国が首謀者だと考えるのが妥当だよね。

「おそらくもう、お察しのことと思いますが」

 私の思考を読み取るように、王様が言った。

「マディスのから直々に指示を受け、侵入者らは動いていたようです」

 思わず、眉が真ん中に寄った。『本当』とは出ているけど……やっぱり引っ掛かるなぁ。

「それでも疑問は残ります」

 何処か急いた様子で、王様が言葉を続けた。多分私の表情が曇ったせいだね。

「まず、これだけ我が国内で自由に動き、今回のように大きな魔法陣を敷く力があるにもかかわらず。『大きな魔法陣』は一部のみで、ほとんどが小さなものによる犯行だったことです。最初から大きな魔法陣を多く敷いておけば、『国力を削ぐ』という目的はもっと早くに達成できたはずです」

 まあ、うん。疑問としては尤もなんだけど。私の引っ掛かりはそこじゃなかった。この件に関しては薄々もう私の中で見当が付いているせいでもある。

「多分それは、魔法石が理由じゃないかな」

 王様は少し目を丸めてから、しばしの沈黙。思い出した様子でハッと口を開いたのは、十秒後くらいだった。

「以前ベルクにお話して下さっていた件ですか?」

「そう。あいつらが敷いてる魔法陣は全部、魔法石を魔力源にしてる」

 賊らが張ったと思われる魔法陣にはいずれにも感情や意思が無く、無生物由来の魔力を源にしている――という予想を、以前、ベルクとコルラードに伝えた。王様にも報告してくれとお願いした通り、ちゃんと伝えてくれていたみたいだ。話が早い。

「そのせいで、もしかしたら器用な調整が出来ないんじゃないかな。だから一つの魔法陣に、一つの魔法石しか使えないのかも」

 私が自分の魔法石を扱う場合なら、自分の魔力だからかなり楽に扱える。だけど『外部の魔力』は勝手が全く違う。フォスター家にあった巨大魔道具の中の魔力もそれに近くて、私でも盗聴魔法の源にする時にはそこそこ手間取った。

 魔法石を扱うというのもおそらくはその部類で、自らの魔力制御や操作に長けているだけでは扱えない。『外部の魔力操作』に慣れる必要がある。魔法陣の生成と発動なんてそもそも器用さが求められるものなのに。

「手で物を掴むのと、道具で物を掴む感覚の違い、みたいな。此処にあるカップをこうして持つのは簡単だけど、トングで同じように持とうと思ったらそんなに簡単じゃないでしょ?」

「なるほど……」

 私なら絶対に中身を零すよね~、と。持ったついでに紅茶をまたひと口。王宮の紅茶はいつも美味しい。カンナの紅茶が一番美味しいけどね。

 さておき王様達も私の例えに納得した様子で深く頷く。

 この国では魔法石がほとんど採掘されていない上、扱いにも慣れていない。だから魔法陣の作成や発動は全て魔術師の手で行われている。

 魔術師らが手を繋ぐなどして魔力回路を近付け、それぞれの魔力を繋ぎならやれば、救世主召喚級の大きな魔法陣も発動はそんなに難しくないだろう。

 一方、魔力源が魔法石となれば、相当に高いレベルの魔力操作を求められる。しかも複数の魔法石を『同時に』なんて、私でも出来るかどうか疑問だ。

「少しでも制御をミスれば繋ぎ目がズレて発動が失敗しちゃうだろうね」

 しかもそれをすると魔法石が全て無駄になる。

 魔法石ってのは凝固状態を解かないことには利用できない。つまり、凝固を解いて魔法陣発動に挑戦して失敗した場合。魔力はそのまま霧散してしまうのだ。魔法石へと戻すことは出来ない。

 流石にそんな無駄遣いを看過できない程度には、マディスにとっても魔法石は貴重なのだろう。

「では、大きな魔法陣を敷けるだけの大きな魔法石は、マディスもあまり個数を保有していないのかもしれないと」

「そう考えると、辻褄が合うかなって」

 ちなみにエルフが私の為にやってくれた血の契約は話が別。あれは前にも述べたが、魔法陣を書く為のインクに混ぜられたエルフの血を通し、エルフらの身体を媒体にしているのだ。魔力が誰のものであっても関係なく、器用さを求められるものじゃない。そしてそもそも、エルフは魔法石の扱いに慣れているから……いや、この辺りは今いいか。思考が逸れた。

「ま、あくまでも予想の一つだよ。チマチマやってる理由は他にもあるかも」

 タグで確かめてみても良いけど、『保有』の意味と主語をどう限定するか考えるとキリが無いから今回は無し。この情報だけを確定させたところで、何か良いことがあるわけでもないしね。

「ありがとうございます。大変参考になりました」

 一つの可能性として受け止めてくれ、という私の意図を汲み取りつつ、王様は礼を述べた。とりあえずこの疑問は、王様達の方でもうちょっと調査と検討をお願いね。

「次の疑問は、かの国にとって、ウェンカイン王国の国力を削ぐことに『何のメリットがあるのか』という点です」

「ほう?」

 敵国なんだからそういうものなんだろうと思ったが。そんな単純な話ではないらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る