第662話

「ご報告させて頂きたいと、事前に申し上げていた件ですが」

 報酬の確認が終わったということで、「後程」と宣言していた報告が始まった。私はお茶を手にしながら軽く頷く。

「今回の魔法陣を敷いた者達を含め、国内で同様に不審な行動を取っていた賊を捕らえました」

 おお。思ったより進展してるんじゃん。ちょっと驚いた。

 捕まえた賊らはいずれもグループで動いていて、捕縛したのは四組だけど人数としては二十六名だそう。

「侵入経路も特定済みの為、今回の件で我が国に入った賊は、全て捕らえたことになります」

 その言葉にちゃんと『本当』って出ているね。うん、優秀。

 タグの結果も伝えてあげたら、王様の後ろに控えていた従者らはホッとした顔をした。だけど王様やベルク、コルラードについては当然と言わんばかりの顔だ。彼らにとっては相当自信のある情報だったわけか。

「あらゆる手を尽くして情報を聞き出しているところですが、口を割りません。そもそも侵入者らは全ての情報を与えられてはいないのでしょう。分からない点は今も多くございます」

 王様の言葉に頷きながらも、私は一旦続きを遮る意図で軽く手を振った。

「『侵入』って言葉でもう分かったけど、つまり『国外』の人間なんだね。何処?」

「マディス王国です」

 はあ。私の醤油と味噌が遠ざかる話である。まあ、予想はしてたけどね。みんなね。

「かの国とは、国が興った当初からあまり良い関係ではございません。しかし大きな戦争もございません。互いに相容れないと理解している為、少しの交易品の行き来があるのみで、人の行き来は一切を禁止しているのです」

 ずっと冷戦状態ってことか。

 でも交易品に関しては「これを売りたい」とか、「これを買いたい」みたいな要請は送り合っていて、受けたり断ったりという書簡上でのやり取りが定期的にあるとのこと。

 その上で、マディス王国との国境には長く高い壁があり、行き来は互いに禁じている。交易品のやり取りは門付近に設けられた中立地帯だけで行われているそうだ。つまり本当に、国境を超えることは全く無いんだね。厳しいねぇ。

 また、壁を作っているのはマディス王国の方で、国境全てを壁で覆っていると言う。もう一つの隣接国はセーロア王国になるようだが、そちらとは交易すら無いとか。はー、徹底していらっしゃる。そういえばマディス王国はそもそも人族の治めている国で、ウェンカイン王国と違って他の種族をあまり受け入れていないんだったか。

「それにしても、嫌~な予感がしてきたなぁ。ねえ、王様。言い難いよねぇ、この続き」

 私はソファの背に身体を預けながらケラケラと笑った。王様は眉間の皺を深くして、微かに俯く。

「……はい。ですが、私の情けない心情など、今は考えるべき時ではありません」

 まあ、そりゃそうだね。

 揶揄からかって遊んでも別に楽しくないので、続きを言えと手振りした。

「侵入は、主にフォスター領へと運ばれる荷物に紛れて行われておりました。検品担当を、フォスター家の分家が行う場合を狙ったようです」

 しかし流石に、紛れる形で大きな物は持ち込めない。国内を移動する為に使っていた馬車などを含め、大きな物資はフォスター家およびその分家から提供されていて、マディス王国から賊らが持ち込んだものは主に魔道具やその部品、そして魔法石だったと言う。

「侵入者らは口が堅く、多少の拷問では何も話しません。しかしフォスター家の者は知っていることを容易く自白しており、今得ている情報は凡そ彼らからの証言になります。……この口の軽さで我が国のことも語られていると思うと頭が痛くなることですが。今回に関しては都合の良いことでございました」

 いつまでもフォスター家の後始末で大変だな。流石にちょっと同情した。長く放置した王様に罪があるのは明白だけど、フォスター家がバカじゃなければ元より起こらなかった悲劇だ。

「ってことはあの巨大魔道具も、マディスからの贈呈品かな?」

「そのようです。ああいった技術を提供することを条件に、侵入の手引きをしていたとのことで」

 ただしこの国は魔道具や魔法陣に関してマディスほどの知識が無い。何にでも使えそうなあの魔道具だが、フォスターの当主と嫡男は『魔法砲の動力源』以外の用途を知らなかったそうだ。

 まあ、その用途だけでもかなりの戦力にはなるし、充分なメリットとは言えるか。いざという時に魔法砲が使いたい放題。あの威力はエーゼン砦で私も見ている。通常種ならば大きな魔物も容易く退けられるものだ。それを『使いたい放題』になるとしたら。

「一国を落とすのも難しくないレベルだよねぇ。それが、マディスに向けて使われることを考えなかったのか、それとも……マディス側には、それに勝るだけの力があるのか」

 私の言葉に、王様達がピリピリと緊張を強めた。

 今のような予想は当然、彼らもしていたのだろうけど。第三者からこうしてハッキリと口にされたら真実味が増しちゃったかな。

「結局あの巨大魔道具は、あの後どうしたの?」

「私の指示で、全ての魔力を霧散させ、無効化しました」

 ほー。思い切ったことをしたな。難しい判断になるだろうと思っていたけど、王様は危険を回避することの方がずっと重要だと考え、決断を先延ばしにしなかったようだ。

「色んな考え方はあると思うけど。私はその判断を評価するよ。国の『安全』を考えれば最適だと思う」

「……勿体ない御言葉です」

 感じ入るように王様が頭を下げる。

 しかし私は別に、彼の心の為にこのように発言したわけではない。此処にいる全員に、『救世主』が彼の判断を認め、支持したということを見せる為だ。

 この国に深く根付いた救世主信仰がある以上、多少は反対や疑問の声もこれで抑えられるだろう。

 あの魔道具の技術は今後解明されていくのだろうし、こんなことをしても、この先の全ての懸念を抑え込めるわけじゃない。だが、扱う技術を持たない内から大き過ぎる力を持つことが、危ういのだ。何も知らない今は諦めて手放して、その先のことは、きちんと段階を踏んでいく。安全性の担保についても、それまでに準備する。それが出来れば一番じゃないかな。

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