第661話_威圧
コルラードを巻き込んでそのまま雑談をしているとベルクが戻り、兵士らの野営予定の場所と経路を確認してきてくれた。
ふむ、森を抜けるまで、二キロも無いかな。でも歩くのは怠いので、飛びますか。
またカンナを引き寄せ、ベルク達が兵士らに挨拶するのを見届けてから、飛行してその経路を辿る。探知を広めに取って、引っ掛かった魔物は軒並み始末するお仕事です。これだけしっかり間引いておけば魔物が少ない状態がしばらく保たれるはず。
「あー。うーん、熊が居るけど、どうしよっか」
でもあと少しで森を抜けられそうなところで、野生の熊を発見した。魔物じゃないので、ちょっと殺すのを躊躇する。人間からしてしまえば熊も敵なんだろうけど。
「親子でしょうか」
「いや、ここら一帯で、この一頭だけだねぇ」
私の言葉にコルラードは何故かホッとした顔をした。
「それならば威圧で逃げていくでしょう。子を守っている場合は逆に襲ってくる可能性もあり、対応が難しいのですが」
「威圧?」
よく分からない単語が出てきたので首を傾げて聞き返したら、何故かコルラードとベルクだけじゃなくて、カンナにもきょとんとされた。
「度々ご使用になっていたので、扱えるのだとは思いますが……無意識だったのですね。私が行いましょう。熊はどちらですか?」
兵士らが居る場所や通る予定の経路に逃げないように、それを背にする形で下ろしてほしいとコルラードが言う。でも彼一人だけを下ろして離れてしまうと魔力制御が細かくなって嫌なので、結局、全員でその位置に下りた。
消臭と消音で私達の気配は消している為、まだ熊は此方に気付いていない。のっそりと移動してきた熊がはっきりと視認できたところで、コルラードだけが消音・消臭魔法の範囲から出た。
すぐにコルラードに気付き、熊が小さく唸る。しかしコルラードの身体から殺気のような気配が放たれると熊は驚いた様子で数歩下がり、一定距離を取った後はすぐに踵を返して一目散に逃げて行った。
「おおー」
「これでしばらくは戻らないでしょう」
事も無げに言うコルラードに小さく拍手をした。熊と一対一、睨みを利かせるだけで勝ったように見えたよ。格好いい。こっちの世界ではそう珍しくない技術なのか?
とにかく憂いは去ったので。私達は再び飛行し、以降は小さな魔物を退治するくらいで、問題なく森を抜けた。周囲に人の気配も目も無いのを確認して、城へ転移。任務完了だ。
「威圧って、闘気とか殺気みたいなものかぁ。うーん」
ちなみに魔物には全く効かないらしい。つまりケイトラントが持つ『威嚇』のスキルとは全然違うんだね。ケイトラントのそれは、魔物も弱いやつは寄せ付けないって言ってたし。
何となく感じ取ることは出来たものの、自分が扱う方はよく分からない。どうやって出すんだろう。
首を傾けていると、カンナが私の腕に触れた。振り返ったら目が合う。何かを伝えたいのだと察して、消音魔法を発動してから彼女に耳を寄せた。
「先日、犬系獣人の女性に軽い威圧を向けておられました」
ダリアに?
威圧……って、ナディアにちょっかい掛けたのを怒った時か。ふむ、あれが威圧なのね。理解。カンナに向かって一つ頷き、消音魔法を解く。
「ありがとう。なるほど、さっきコルラードが言ったように、私は無意識に使ってるんだね。参考にします」
参考例が私の中にもあるなら、その内、狙って使えるようになるかもな。ありがたい。
なお、王様は離席しているようだったので、待ちましょう。のんびりとソファに移動した。カンナは再び後ろに待機である。
だけどあんまり待ち時間が長いようなら、立っているカンナが可哀相だから帰っちゃうぞ。
一瞬そんなことを考えて、待ち時間に上限を付けようかと口を開きかけた時。王様がすぐに戻った。早いな。私は大人しくその場に留まった。
「此度も早急なご対応に感謝を申し上げます」
つまり、思った以上に対応が早かったから不在だっただけで、本当は王様も此処で待っていたかったのかな。それとも、そう思わせる為にこの言葉を選んだのか。
まあ何でもいいか。そこまで拘ることでもないね。
彼の言葉には何も応えず、王宮侍女さんが差し出してくれた目の前の紅茶をのんびりと傾ける。返事をする気が無いと察しても王様は気を害すことなく、一つ軽く頷いた。
「まず、報酬は先程お話いたしました通りで」
「うん」
二日後に私が再訪する時にお金を用意してもらって、書庫を一晩解放してもらう。その時もまたカンナを連れてくるけど彼女には本を触らせない。本の中を見るのは私だけだときちんと伝えれば、それも許可してくれた。
「当日はクラウディアをお傍に待機させます。勿論、お邪魔はさせません。ただ何かご質問があれば、凡そ対応できるかと」
「あー、彼女が一番、王族内で読書家だってね」
私の言葉に王様は肯定を示して頷くけれど、そんな立派な娘のことを自慢げにする様子はまるで無くて、むしろ軽く眉を寄せていた。察するに、王様、あんまり読書が好きじゃないんでしょ。自分が本に疎いところを突っ込まれたくないと見たね。仕方ない、突かないであげよう。
さておき。
書庫の案内役としてだけ考えれば適任者は他にも居るんだろうが、多分、
そこまで考えて、私はそれとなく王様の顔を窺う。
彼の真意はそうだろう。ただ、クラウディアには別の意図があるのだと思った。
……まあいい。報酬とは言え、王宮の書庫を完全に私の都合の良い形で公開してもらえるとは思っていない。私の逆鱗に触れないギリギリの線を狙ってくる辺り、クラウディアは本当に聡い女性だと思う。ちなみに今回は褒める意味ではない。
小さく息を吐いた私の様子に気付いていない王様は、二日後の予定を確認の後、次の話に移行した。
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