第660話

 今回の依頼の報酬額を提示され、ハイハイと二つ返事。これで合意なんだから話がトントンと進んですぐに出発の流れになるかと思ったのに、王様は何故か微かに表情を険しくして、咳払いを一つ。

「以前、カンナが務めていた部分の報酬についてですが」

 なるほど。後ろにそのカンナ本人が居るせいで、ちょっと言い難く感じたんだね。いや今更だろ。彼女を報酬として差し出したのはそっちだぞ。しかも何度も。とか思ったけど突っ込んでも話が長くなるだけだから黙っておいた。

「代替報酬として、書庫の開放をお望みとのことでしたが。今回はその報酬で宜しいでしょうか?」

「うん。もうカンナが君らの為に報酬を払う義理は無いからね。今後はそっちにして」

「畏まりました」

 私の背後に佇むカンナの気配には、微塵も動きが無い。王様達はちょっと彼女を気にしている様子だが、カンナのことだから全くの無反応で、彼らの視線も意に介していないのだろう。そう思うだけでニコニコしそう。王様達の前だから引き締める。

「それではまず、魔法陣の対処をお願いしたく存じます。その後、いくつかご報告させて頂きたいことがございますので、お話の時間を頂ければと」

「了解~」

 何か話したいことがあるんだってのは、最初の通信でも聞いていた。だからこれも二つ返事で了承する。

 現在進行形で魔法陣を守っている兵が居ることだし、そっちを大至急、対応してあげないとね。

「直接行って破壊するのが早いね。場所は?」

 どちらが『楽か』と言われたら魔法陣を作る方が楽だけど。いや、魔法陣を描くのは面倒だから誰かにやらせるとしてね。でも運ぶ手間や時間を思えば、直接赴いて消してくるのが一番『早い』。少しの面倒は飲み込んで、流石に人命を優先してあげよう。

 今回は内陸部のやや西側だった。王都からも然程遠くない場所だ。こんなところであの魔法陣を敷かれて効果が出てしまっていたら、王都も危なかっただろうな。いや、近い場所だからこそ、被害が出るより前に発見できたとも言えるか。まあ今はいいや。

「じゃあ行こっか。行く人~?」

 立ち上がった私はカンナを当然のように引き寄せてから、王様側を見やる。いつも通り、ベルクとコルラードが行くと言って前に出たけど。カンナに視線を向けたベルクがちょっと不安な顔をした。

「侍女をお連れになるのですか?」

「私の侍女だから、君らが気にすることじゃないよ」

 やや苛立った私の声を敏感に察知したカンナは、腕に、そっと触れてきた。

 転移後、まず腕の中のカンナを見下ろす。辺りが真っ暗な森の中であることも一切目に入っていないみたいに、私のことを気遣わしげに見上げていた。思わず表情を緩んで、カンナの髪を撫でた。この子が可愛いので、私の機嫌はもう直った。

「カンナを傍に置くのは私にとって必要なんだ。守るのは私だし、ベルク達は自分の身だけ守ってね」

 丁寧に説明し直せばベルクは特に文句を付ける様子なく、「承知いたしました」と頭を下げる。

 説明不足な私が悪いし、説明をしないにしても言い方ってもんがあるよね。頭ごなしに「気にするな」と言うと余計に気になって不満も募るものだろうが、「必要なことだから気になっても目をつぶって」と頼む方がまだマシってやつ。

 さて。今回も少し離れた場所に転移したんだが、目的地からはそう遠くない。現場が街じゃない為、そこまで神経質に身を隠すこともないのでね。

 それでも飛行は必要になる。カンナだけは怖くないようにと腕に抱いて、いつも通り全員で空を移動した。

「カンナ、武器を出していても良いよ。君が安心できるなら」

 現場の近く、兵士らが待機している場所に到着してすぐにそう告げた。カンナは少し考える顔をした後で、収納空間から棍を取り出す。

「……念の為、持っておきます」

「うん」

 ベルク達はカンナが戦えると知らなかったらしい。武器を取り出すと同時に目を丸めていた。ふふん。私の侍女はすごいだろう。返さないぞ。

 とはいえ結局、兵士らが周囲を守ってくれているのでカンナが棍を振るう機会は無かったが。

 魔法陣の破壊も、容易いものだった。大きいだけだ。少し魔力にも慣れてきた私にとっては造作ない。消え去った魔法陣を見て、周囲の兵士らが安堵の息を吐くのを聞いた。ご苦労様。

「ところで兵士らは、戻る体力あるの? 野営?」

「……そうですね、まずは森から離れた位置に移動し、野営で体力を回復してからの移動でしょう」

 そもそも森の中は魔物が多く、安全を確保することを考えたらもう少し広く開けた場所じゃないと野営できない。こういう場合は一旦、無理を押してでも森から出て、見通しの良い場所で野営するのが定石みたいだ。

「んー」

 私は少し首を捻る。

「森を抜ける方向だけ聞いてきて。ちょっと魔物を間引いてから帰ろう」

 安全なところまで送るのは流石に面倒くさいし、時間も掛かる。そこまでは世話をしたくない。だけど魔物を間引くくらいなら、帰り道のついでに出来るだろう。サービスだ。短い説明でも意図を汲み取ったベルクが、私に深く頭を下げた。

「承知いたしました。お心遣いに感謝いたします」

 すぐさまベルクは兵士らの方に走っていく。コルラードは私達の傍に残った。この場は安全ではないが、周囲には国の兵士が大勢いるので問題ないという考えだろうか。王宮所属の兵ってだけでそんなに綺麗な一枚岩なのかな。王族は信仰対象だから? まあいいか。

「そういえばコルラード」

「はい」

「王城所属の騎士団って沢山あって、コルラードは全部の総大将なんだってね? すごいね」

 私の言葉にコルラードは目を丸めてから、「総大将……」とやや戸惑った様子で呟く。カンナが視界の端で俯いたのが見えた。私の発言からコルラードの反応まで全部、可笑しかったんだと思う。

 コルラードは気を取り直すように小さく咳払いをした。

「そのように大仰な存在ではございませんが、各騎士団を調整・指揮する役割でございます」

 謙虚だな~。充分に『総大将』って感じだけどね。そんなことを考えているのが表情から分かったのか、珍しくコルラードは少しおどけるように肩を竦めた。

「逆に言えば、各騎士団にはそれぞれ長がおりますので、私が不在でも充分に機能いたします。つまり王宮からフラフラと出ておりましても全く問題が無いのです」

「ははは!」

 まるで雑用係のように言うが、要は王族らにとって重要で機密レベルの高い任務を任せやすい相手なのだろう。実力は一級品で、判断や指示が早くて的確で、機密を共有できるだけ信頼している相手。

 特に、機嫌取りに失敗してしまった救世主わたしに付ける人間としては適任だったとも言える。思えば城側の人間の中で、コルラードだけは私の気を害したことが一度も無い。基本は黙って傍に居るだけだから、というのもあるだろうけどね。

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