第659話_ウェンカイン王城

 カンナとリコットに見守られている気配を感じつつ、目を閉じた状態で王様と会話すること三分と少々。通信が終わったところで目を開き、扉の傍に立つ二人を振り返った。

「王様からの呼び出しだ。慌ただしいねぇ」

 出来るだけ明るい口調にしたけれど。リコットは心配そうな顔で私を見つめた。もっと時間があったら言葉を尽くし、ちゃんと安心させてあげたい。でも王様が待っているのでそうもいかない。笑みを向けるだけに留めて、カンナの方を見た。

「カンナ、例の侍女服に着替えて。三十分後に行くよ」

「畏まりました」

 工作部屋を出れば、リビングに居た他の子達もやっぱり、心配そうに見つめていた。

「討伐依頼みたいな大層な話じゃなさそうだ。魔法陣が見付かったみたいなんだけど、ちょっと大き過ぎて宮廷魔術師がすぐに対応できないんだって」

「今回は一件だけなの?」

 流石、長女様はいつだって漏れなく指摘するよね。私もそれを心配しているよ。大袈裟に肩を竦めて笑った。

「今のところ、聞いてる限りではね」

 現地に行って対応を終えた頃にまた増える――という可能性も否めないから、断言できないのが悲しいところだ。

「だけどいつもみたいに、二日以上も掛かることがあれば一旦帰ってくるからね」

 優しいみんなは私が帰るまでいつも交替で番をしちゃうし、あんまり長引くようなら王様側に我慢してもらいますよ。女の子達が優先だ。

 さておき、カンナはものの五分程度で準備を終えて傍に来た。素早いね。

「疲れてない? 少しの間、立ちっ放しになるかもしれないけど」

「問題ございません」

 迷いなく応える彼女に『嘘』のタグは出なかったから、とりあえず良しと頷く。

「――カンナ」

 その時、ナディアが彼女を呼んだ。明らかに私の名前じゃなかったのに何故か自分が呼ばれた気がして振り返った。視線が向けられていないことでようやく自分じゃないと知り、しょんぼり。

 ちょっと遅れて「はい」と反応したカンナももしかしたら、このタイミングで自分が呼ばれたことは意外だったのかもしれない。

「離れている間のアキラのことを、後で教えてくれないかしら。可能な範囲でいいから」

 答える前に、カンナは私の方を窺った。

 ふむ。見張り役の代理って感じかな。いいんじゃない?

「私も報告の手間が省けるから良いよ。頼めるかな、カンナ」

「畏まりました」

 改めて私からの命令として伝えれば、快く引き受けてくれた。

 言われて困ることはその時に言うから、それ以外は何を伝えても大丈夫って後で付け足そうっと。みんなの前で言うと睨まれそうだし。いや、言われたくないことは特に無いだろうと思っているんだけどね、カンナの方で判断しなきゃって思わせちゃ可哀想だからです。

 とりあえずこの後いつ座れるか分からないカンナを少しでも座らせてあげて、私も軽く着替えておこうかな。折角新しい服で格好良く整えたカンナと並ぶんだから、私も少しだけちゃんとします。固めのジャケットを着て、髪を結い直した。

 カンナはこういう私の身支度も手伝いたかった様子だが、今回は慌ただしくて君の休憩時間が取れていないから駄目ですよ。今の内に休んでいてね。

 その間、女の子達はカンナに「その服、本当に格好いいね」「似合ってるね」と口々に言っていて可愛かった。ちなみに私の装いについて誰からも特にコメントは無い。知ってた。

「じゃあ、行ってくるね」

「気を付けて、無理はしないでね」

「行ってらっしゃい」

 もう何度も依頼で離れているのに、いつも丁寧に見送ってくれる女の子達に笑顔で手を振って、カンナを引き寄せる。

 転移先はいつも通り、王宮内の立派な応接室。カンナを連れてきた私を見て、王様達は分かりやすく戸惑った顔をした。

「……お連れになったのですね」

「構わなくていいよ。傍に置いてるだけだから。カンナ、後ろで控えていて」

「はい」

 私は我が物顔で中央のソファへ座る。カンナは私の指示に従い、ソファの後ろに回った。王様はまだ少し戸惑っていたようだったけど、軽く会釈をしてから正面に腰掛ける。

「で、また魔法陣があったって?」

 本題を急かせば、王様が重々しく頷いた。

「前回のご依頼以降も、小さなものであれば四つの報告があり、全て布製魔法陣により破壊を行いました」

 その内二つは地中に埋まっていたとのことだが、魔道具を駆使して探し出し、自分達でちゃんと対応できたようだ。

「ですが今回発見されたものは遥かに大きく、その大きさの布製魔法陣を作成するには魔術師の人員が足りない、という話になりまして」

 人員を集めることに時間を掛けるより、お金を積んで私に依頼をしたいってことね。直接行って破壊、または巨大な布製魔法陣の作成。私にとって楽な方での対応で構わないと言う。

 数値で具体的な大きさを聞けば、エーゼン砦の近くで初めて見た魔法陣くらいあった。

「これが、魔法陣の写しです」

 私は此方に向けられた紙を見つめて目を細める。効果は、ガロが見付けてくれた魔法陣とほぼ一緒だ。魔物の巨大化――しかもドラゴンの時のじゃなくてデカ狼の方。それがこの規模であったなら、デカ狼みたいなのが量産されていないか? 内心ぞっとしたが、動揺を悟られぬようにと飲み込んだ。

「被害は?」

「一般人の被害はございません。というのも、この魔法陣は敷かれた直後に発見できたのです」

「ほう」

 すぐに魔法陣付近の魔物を掃討し、その後も一切魔物が立ち入れないように兵を置いているらしい。勿論、兵らにも絶対に魔法陣へ立ち入らないように言い含めているとのこと。

 つまり魔法陣に触れている魔物が少ないから、デカ狼の再来には至っていないと。この魔法陣は魔物が巨大化するまでやや時間が掛かるからな。すぐに止められたなら影響を受けた魔物も一般個体とさほど変わらない大きさだったのだろう。

「敷く直前に止められれば、更に良かったのですが」

 理想を言えばそうだが。一歩遅れてしまった場合の対応としては正しかったと思われる。ここまで大きなものは被害が出てから探すとなると手が足りず、巨大魔物の対処で手一杯になってイタチごっこになる可能性があるからね。

 なお先程「一般人の」被害は無い、と限定的に答えたのは、戦っている兵らの中には多少の被害があるってことか。まあ、流石にそうだよな。だから急いで私に依頼をしてきたんだろうし。

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