第655話
翌日には、もうすっかり全快となったということを女の子達に認めてもらえた。
「では偵察に行ってきます!」
「気を付けてね」
今朝方、ジオレンの状況が少し落ち着いているとヘレナから一報があった。
まだスラン村に滞在して数日しか経っていないので急激に人が減ったということはないだろうが、私らが被害に遭ったほどの騒動は街中でほとんど起きなくなっているらしい。冒険者らを警備支援に入れた措置と、警備兵らが初動でバカを沢山捕まえた影響だろうか。
ヘレナがそう言うならじゃあ戻るか――という短絡的な判断は、流石に止めておいた。一度は怖い目に遭っている女の子達が居るのだ。慎重に判断を下す為、まず私が代表で街の様子を見てくることにした。人が最も増える、昼過ぎを確認するのが一番良いはず。ということで昼食を取り終えた後、私はジオレンに一時的な帰還を決めた。
いつも通りカンナを連れつつ、見張り要員はラターシャとなった。
「マリコ~! ごめんねぇ、置き去りにしちゃって。寂しくなかった?」
帰宅して早速、観葉植物のマリコに話し掛ける私である。
滞在が長引くようなら水やりに来るか、もしくはマリコも連れて行くかと思っていたんだけど。今日の結果次第では戻れるかもしれない。もうちょっとお留守番をしてもらおう。
とにかくお水だ。土の辺りをつんつん触って、少しだけ摘まんでみる。うん、まだ表面だけしか乾いてないね。なら、あげる水の量は控えめにしておこう。一応、葉っぱだけは水吹きでちょっと湿らせておいた。
「こんなもんかな。二人共、待たせてごめん、行こうか」
マリコに愛情を注ぐ私をカンナとラターシャが無言で見守ってくれていたが。本来の目的を果たすべく外に行きましょう。二人は私の奇行にすっかり慣れているので、何も言わずに頷いた。
「ラタ、外は怖くないかな? 手繋ぐ?」
「要らないから。もう、アキラちゃん繋ぐの好きだよね」
アパートを出た直後に提案してみると、ラターシャが眉を寄せた。可愛い。
「勿論好きだけど、ラタがちょっと嫌な顔をするのも癖になってきた」
「どうしてそうなるの……」
ものすごく呆れた顔をされました。どうしてと言われてもね、君が可愛いからなんだよね。説明したら伝わるかな? 無理だね。止めておこう。
まあ、手を繋ぐのは冗談としても。いつもと違って今のジオレンは安全ではない可能性がまだ残っているので、カンナには私ではなくラターシャの隣を歩いてもらうことにした。
最初に、大聖堂の周辺を巡る。
この辺りは元々この街で最も治安のいい場所だったから、以前と変わりなく穏やかな空気だ。中央通りを通って、中央市場の方へ。人はいつもより少し多く感じられるものの、変わった様子は見られない。
「こんにちはー、ブレンダ」
「あらぁ、アキラさん、こんにちは。何かお求め?」
「食器用の洗剤と、それから――」
中央市場、最初に街について教えてくれた日用雑貨の店主、ブレンダに声を掛ける。普段からよくお世話になっているので、今日もまずは少し買い物をする。
「ちょっと物騒だったからしばらく籠ってたんだけど、落ち着いたのかな?」
「そりゃ賢明だねぇ、本当、あちこちが騒がしくって困ったものだったよ。だけど昨日辺りから、もう騒ぎは見てないねぇ」
落ち着いて間もないから、「そういえば」って感じか。急にしん、と静まり返ってるわけでもないもんな。
ブレンダも私が考えていたのと同じく、「バカは一通り捕まったのかもね」と笑っていた。
「ありがとー。ブレンダも気を付けてね」
「ええ、ありがとう。またどうぞー」
変わらない明るい笑顔と声に私達は何処かホッとしながら、ブレンダの店を離れて中央市場の中を練り歩く。ついでに食材も調達。
「北側にも行ってみようか」
さっき見に行った大聖堂は街の南にある。今は中央寄りに居る為、対角線上にある北側の市場にも寄ってみよう。頷いてくれた二人を連れて中央通りから真っ直ぐ北へ向かって歩いていた時だった。
「アキラ!」
「おやデオン。お帰りなさい?」
ばったり遭遇した。びっくりした。私の疑問符付き挨拶に、デオンは可笑しそうに目尻を下げる。
「ああ。ただいま。言われていた魔物素材を集め終えたから、つい先程、ギルドで届ける手配をしたところだったよ」
ありゃ。先に会えていたら面倒な手続きも無く私が直接引き取れたのに。手間を取らせて申し訳ない。
「本当に全部集めてくれたんだね。デオンは凄いなぁ。助かったよ、ありがとう」
「とんでもない。この程度で返せぬくらいの借りだ。何かあればいつでも頼ってほしい」
「ふふ、頼もしいね」
ギルドでは冒険者を指名して依頼することも出来るらしいし、見知らぬ誰かに頼むよりは確かに、デオンに頼みたいよね。何か必要があればの話だけどさ。勿論『協力者』として繋がりがあるガロであるのが一番だが、彼が居る地域はもう此処から遠い。ジオレンに居る間ならデオンに頼もうかな。
「あ、そうだ」
折角会ったこの機会にと思って、私はちらりと自分の後方へ目をやった。
「先日、この子を侍女として引き抜いてきたんだよね。顔見知りじゃないかな? ――カンナ、おいで。挨拶して」
「はい。……ご無沙汰しております、デオン様。カンナ・オドランでございます」
私に呼ばれると、カンナはスッと前に出て、目立たぬように小さく一礼しつつそう挨拶をした。貴族としてしっかりカーテシーとかしようものなら注目されちゃうだろうから、控え目にしてくれて助かるよ。配慮ありがとう。なおデオンは、ぎょっとした様子で目を見開いていた。
「お、オドラン伯爵令嬢、このような場でお会いするとは……いえ、私は最早、何の地位もない平民でございます。デオンとお呼び下さい」
少し緊張した様子で、デオンが頭を下げる。そうだね、身分を捨てた相手をいつまでも『様』付けで呼んでしまうと、誰かに見咎められることがあるかもしれない。貴族社会ってややこしそうだし。
「まあ、『デオンさん』とかでいいんじゃないかな」
「ではそのように」
私が口を挟んで、呼び名が決まった。今後どれだけ互いを呼ぶことがあるかは分からないけど。そんなことを考えて笑いを噛み殺した私に気付くことは無いままで、デオンは戸惑った視線を私に向けた。
「まさか伯爵令嬢を侍女にとは、……全くアキラは底が知れないな。気安く呼ばせてもらえていることが、恐ろしくなってきたよ」
「はは! 気にしないで仲良くしてよ~。ちょっと権力者に物が言えるだけで、私自身は普通の平民なんだから」
もう公爵位を持っているから真っ赤な嘘だけどね。でも普通に気にせず仲良くしてほしいのは本当だよ。
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