第653話

 妙に居心地が悪くなり、きょろきょろと視線を彷徨わせた私は慌てて口を開く。

「え、っと。でもほら、カンナは前、王宮で私の顔色が~って言ってたよね?」

 ベルク達はおそらく気付いていなかったが、カンナだけは、私の顔色が良くないって指摘した。つまり少なからず顔には出ている――と思ったのだけど。

「……はい、あの時は確かに、お疲れであることが少し見て取れましたが。実は、お顔を見て気付いたのではないのです」

「えぇ」

 今の私にとっては都合の悪い事実が明らかになってしまった。

 カンナも少し申し訳の無さそうな顔をした。しかし偽ったとしても今後を思えば「自分は顔色で分かる」と宣言するわけにもいかず、事実を告げるのは致し方ないことだ。

「お返し頂きました衣服が、アキラ様の衣服を受け取った時よりも温かいように感じまして。それで、お顔をよく確認した、という経緯でございました」

「あー」

 確かにあの時は既に熱が出ていたから、触られさえしなければ気付かないだろうと思って、着替えの手伝いも断ったんだよな。しかし、脱ぎたての服から温度差を察知するのか。それはそれで敏感ですごい。顔を見て気付くより余程すごいことである気もする。だって実際に比べたんじゃなくて、記憶と比べてのことなんだから。

「測定魔法を扱えない状況であることが、酷く、もどかしく感じておりました」

 王宮では魔法は禁じられているから、あの時のカンナに私の熱を測ることは出来なかった。当時はこうして一緒にも暮らしていないのでその後の様子を見守ることも出来ない。二日後に再会した時のカンナの心配ぶりを考えれば、私が去ってからずっと心配してくれていたんだろう。今更少し、可哀相なことをしたと思った。

「いやー、私自身あんまり自覚してないっていうのも、顔に出ない理由かも」

 流石に「疲れたなぁ~」って強く思っていたら表情に出ると思う。女の子達は私の言葉に、そういうこともあるのかなぁ、くらいの微妙な顔で首を傾けている。

「自覚していない上に顔に出ないと。最悪だな。周りは対処のしようがない」

 何かこれ、前に別件で考えた気がするな。ああ、あれだ。カンナが酔う時に顔に出ないって件で、似たようなことを考えた。でもカンナは自分でちゃんと酔う瞬間が分かるようになったらしいので、……つまり。

「私が自分で、気付けるようにならないといけない……?」

「だろうな」

 クッと喉の奥で笑ったケイトラントは、私にこの結論を出させるのが目的だったらしい。私の頭をガシガシと雑に撫でたら、満足した様子で離れて行った。

 髪がぼさぁとしちゃったのを、カンナが慌てて整えてくれた。しかし髪が直ると私は立ち上がり、座っていた椅子をよいしょと抱える。

「何を……」

 近くに居たナディアが怪訝に目を細めた。少し離れていたリコットとラターシャも、その声に応じて此方を振り返る。でも私は全部まるっと気にしないことにして、いそいそとケイトラントの方に歩いた。つまり門の方向なので、みんながパッとこっちに足を向ける。何処か遠くに行くようなら引き止めるつもりなのだろう。もう全快なのに、未だにこの厳戒態勢である。

 妙な行動をする私を同じく不思議そうに見つめているケイトラントの傍に、椅子を置いた。

「何だ?」

「ケイトラントは、故郷に帰りたいとか思わないの?」

 私からの唐突な質問に、ケイトラントは戸惑った様子で目を瞬く。その間に私は傍に置いた椅子に座った。お話をしに来たと、しかも腰を落ち着けてゆっくりするつもりだと察して、彼女は苦笑しながら肩を竦めた。

「生まれた国にも地域にも、特に思い入れは無い」

 その言葉には、『本当』のタグが出ていた。

「私は傭兵団の中で生まれたガキだ。誰が親とも知らなかった」

「えぇ。そんなことがあるの?」

 タグが事実だと告げているので嘘じゃないのは分かっていたけど、あまりにも衝撃的な内容に、驚いて目を見開く。ケイトラントは気を悪くした様子なく頷いた。

「特殊な世界さ。誰かが産んだ子を手の空いてる者が見る。最低限の世話を終えたら後は子供らが自分で生きる。そんな場所だった」

 団に居るものは男女問わず全てが傭兵であり、いつ死んでもおかしくない。ケイトラントの物心が付いた頃には既に両親は死んでいたのかもしれないし、生きていても「私が親だ」と名乗っていなかっただけかもしれない。生まれた時からそのような世界に身を置いていたケイトラントも、そのことを特に疑問に思っていなかったそうだ。

「団で生まれたらそれだけで団員だ。大人の団員らを見ながら戦いを覚え、十歳にも満たない頃から戦場に出る。前線ではなくとも、まあ、補充係や連絡係としてな」

 しかし戦闘要員じゃなかったとしても戦場に身を置くのは危険を伴うものだ。ケイトラントと同じように生まれた同世代の子供らも、大人になることなく戦場で死んだ者は数え切れないと言う。

「セーロアは、国内でも争いが多かったの? それとも他国との争い?」

「地域にもよるだろうな。少なくとも私の生まれた地域は、内乱がずっと続いている場所だった」

 一部の領主同士が長年争っていた地域だったそうで、生まれた時からずっとそこは戦場だったとか。自国が戦争を起こしている時代すら経験していない私には、とてもじゃないが想像もできない。

「だが傭兵団ってのは争いがなければ食いっぱぐれる。内乱が落ち着いた頃、仕事が激減してな。間もなく解散したんだ」

 生まれた土地、傭兵団から離れることになったのは、ケイトラントが十七歳の時だったという。

「しかし傭兵団が無くなったからと言って、戦う以外の生き方など、私が知るはずもない」

 平和的な生き方を知る機会があれば、また違ったのかもしれない。だけど物心付く頃から戦場だけで過ごし、生きるか死ぬかという生活をしていた『子供』にそんな機会は現れなかったのだろう。

「自分は戦場で生き、戦場で死ぬのだと思っていた。結局、私の生活は変わらなかった。ひたすらに、戦場を渡り歩いた」

 そんなケイトラントにとって、国を越えた戦争というのは働き口としては願ってもない大きな『戦場』だったのだ。だから当時は単に『稼ぎの良い仕事』だとしか思っていなかった。彼女にとっては『争い』も、『死』さえも、日常とひと続きだった。

 ウェンカイン王国との戦争が激化し、ケイトラントは兵団と共にモニカ達の領地に攻め入った。そして、数え切れない人族を殺めた。ケイトラントを一対一で沈めたという例の化け物さんと、剣を交えるまで。

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