第652話

「午前は、魔道具を製作されていたのですか?」

 お茶を持ってくると同時に、カンナが問い掛けてくる。あら。もしかしてお話し相手をしてくれるのかな。普段は私が求めるまでじっと静かにしているカンナだが、あまりにも私の落ち着きがないので、気を利かせてくれたようだ。

「うん、リコとナディが彫刻板を進めてくれたからね、組み立てだけ」

 根を詰めるようなことはダメだって子供達に怒られたんだよーって言うと、カンナはうんうんと頷いていた。

「そうだ、カンナに相談したかったんだけど」

「はい」

 話している内に思い出した。唐突に切り出してもカンナは戸惑う様子なく返事をしてくれる。

「こっちに移り住んでから使う予定の、侍女呼び出しボタンについて」

 ジオレンの家に似たものが置いてあるから説明しやすい。押したら音と光でお知らせしてくれる呼び出し魔道具。

 私の未来のお屋敷には、リビング、寝室、浴室、あと玄関先の四カ所に置こうと思う。カンナの屋敷はリビングと浴室の二カ所。

「持ち運べるから、リビングのやつは寝る時にベッドサイドに置きたいとか、逆に置きたくないとか、その辺りは自由にしてね」

 内容説明をカンナが熱心に聞いてくれている。

「で、押した場所が分かるように、色と数字を分けようと思うんだけど。何処にどの色を使ったらいいかな?」

 数字は覚えればいいから何でもいいと思う。でも、色はなぁ。人にはそれぞれ印象というものがある。場所のイメージに近い色なら、より覚えやすいだろうと思ったから、カンナに決めてほしかった。

 なお、候補は白、青、橙、緑、桃色です。五色しかないが、カンナの部屋の呼び出しボタン二つは同じ色にしようと思っている。そっち側からはほとんど使わないだろうし、使ったとしても区別の必要があるほど広くない。

「私のイメージで宜しいのですか?」

「うん、むしろそうしてほしいよ。私より、カンナが見て判断しなきゃいけないものだからさ」

 これは侍女様の為の魔道具だからね。

 少し考えたカンナは、玄関先を桃、リビングを白、浴室を青、寝室を橙、自分の家を緑と言った。私だったら少なくともカンナの屋敷を桃にしただろうから、やっぱり自分で決めてもらって良かったな。

「了解。あ、今更だけど、こんな色だよ」

 彼女の目の前で、光の色を順に披露する。

 これは照明魔法の応用で、属性を少し含ませることで違う色で光らせている。魔法陣の絵柄はほとんど一緒で、色の部分と、浮かび上がる数字の部分だけがそれぞれちょっと違うのだ。

「かなりはっきりと色が違うのですね。これなら明るい場所でも見分けられそうです」

「良かった」

 玄関先にも置くからね。太陽の下で見ても分かるように、はっきりとした色に拘りましたよ。とはいえ番号も出るから、見えにくい時があったら番号で判断してもらう予定です。

「光る長さは、今使っているものと同じですか?」

「ううん、こっちは触れるまで光るようにした」

 ジオレンで使っているものはそんなに長く光らない。ぽやーんと光ってすぐに消える。鳴る音も短く、一度きり。というのも、傍に居ないとそもそも反応しないものだ。その距離に居れば光か音のどちらかが拾えるだろうと思ってその設計にした。

 そういう意味では、侍女呼び出しボタンも同じなんだけど、今のと違う点は呼び出し元と呼び出し先が一対一ではないということ。きちんと色や数字を見ないことには、何処からの呼び出しかが分からない。働き者の侍女さんは忙しくしているだろうし、一瞬で消えちゃったら見落としてしまう。

 だから侍女呼び出しボタンの方は、音の鳴る時間は今のものと同じだけど、光に関しては魔道具に触れるまでずっと光り続けることにした。

 その分、今のものより魔力消費量が大きいけど。呼ぶ時しか光らないし、照明魔法に毛が生えたレベルだから放っておいてもこれも百年使える。一応、消し忘れには注意ってくらいかな。

「番号はどうしようかな~」

「私の部屋は最後の番号にしてくださいませ」

「はは、了解」

 カンナの部屋が一番と二番でも別に良いと思うけどねぇ。カンナは主人のお部屋を差し置いて一番は付けられたくないらしい。じゃあ、私の寝室から順に番号を振っていくか。そうして決めた内容を一覧表にしてまとめた紙の写しを、カンナにも渡しておいた。作るのはこれからだけど、先にあって困るものでもない。

 受け取った紙を嬉しそうに見つめているカンナが可愛くて頭を撫でる。目をきゅっと瞑る癖はいつ見ても愛らしい。

 こうしてカンナがお話の相手をしてくれたお陰でそわそわする気持ちは忘れていて、そのまま思い出すことなくランチの用意を待つことが出来た。

 私がお腹いっぱいになれる量を作るのって大変だと思うんだけど、いつもありがとうね。もりもり食べます。みんなが食べ終わった後もまだお肉をパンに挟んで食べている私を横目に、先に食べ終わった女の子達はお片付けを始める。

「アキラちゃん、足りそう?」

「ん!」

 食べながら頷く。可笑しそうにリコットが目を細め、「ゆっくり食べてね」と背中を撫でてくれた。嬉しい。女の子に触ってもらった。

 大食漢の私がようやく満足して、食後にダラダラ過ごしていると。のんびりと歩きながらケイトラントがやって来た。今日はいつもより少し早起きかな。

「おはよう、ケイトラント。どしたの?」

「……もう熱は下がったのか」

「うん、元気だよ」

 女の子には相変わらず見張られており、此処から離れてはいけないと言い付けられていますが。熱は下がったし、食欲もばっちりだし、倦怠感も全く無いので全快だ。しかし私の返事にケイトラントは眉を寄せる。

「違いが全く分からん。顔色が変わらないのは一体どういう仕組みだ?」

「し、知らないです」

 昨日も同じようなことを言われたが、そんなことを私に申されましても。何か特別なことをしているわけじゃないし。

「本当にそれ。熱がある人とか、目が合ったら大体分かるのにさー。アキラちゃんかナディ姉だけだよ、分かんないの」

 リコットがケイトラントに同意する。ちなみに急に巻き込まれたナディアはそっと顔を逸らしていた。猫耳がちょっと下がっていて可愛かった。

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