第650話

 沈黙が落ちてしまったけれど、リコットが小さく溜息を吐いた後で会話に応えてくれた。こちらも多分、諦めたんだと思う。

「私やルーイは、娼館や組織でもたまに体調は崩してたよ。今は生活そのものが健康的だから、平気なんだと思うなぁ」

 それはそうと、ルーイは元々あんまり丈夫じゃないんだろうってリコットは言う。風邪を引きやすかったんだって。私と出会ってから引いていないのが珍しいくらい、二、三か月に一度は熱を出していたそうだ。

 っていうか、まだまだ成長期の子供を夜に働かせるとか食生活も充分じゃない環境に身を置かせたらそうなるよな。クソッ。考えるだけで腹が立って眉を寄せたら。「まあまあ」ってリコットに宥められた。

 今は、ちょっと過保護なくらい夜にはしっかり眠らせて、食事は栄養バランスも考えて、毎日清潔なお風呂に入れている。すぐに丈夫にはならないかもしれないが、体調を崩す原因になっていたものが取り除かれているから、以前より元気に過ごせているのではないか、ということだった。

「リコットも時々風邪を引いていたけれど、あなたの場合は過労の末に、という感じだったわね」

「うーん、そういう理論で行くとナディ姉も崩してないとおかしいんだけど」

 そう言って苦笑するリコットに対して、ナディアは何も言わない。

 この子達はみんな娼館では売れっ子だったそうだから、その頃も忙しかっただろう。そして組織に入ってから、ナディアとリコットは昼も夜も働く状態だったと聞いている。そう思うと確かに、リコットだけが過労を起こすはずもない。私もじっとナディアを見つめてみたけれど。当の本人は素知らぬ顔を続けている。

「ナディ姉は隠すのが上手いのもあるかな。風邪っぽい症状は無くても、本当は熱くらい出してたんでしょ?」

 続けられた問いには、とうとう顔を逸らしていた。リコットの視線がちらっと私に向く。うん、答えたら私に見えてしまうから黙ったんだよね。でもそれ、つまるところイエスでしょ。

 何にせよ三姉妹は、劣悪環境によって体調を崩すことが度々あったようだ。

「それでも私は丈夫な方よ。組織ほどの環境の悪さでは……何も無かったとは言えないけれど」

 咳払いで誤魔化しつつナディアが言う。『本当』のタグは出ているので、ふむ、実際あまり風邪とかは引かない方なんだろう。咳やくしゃみや鼻水という症状まで出ていれば、我慢とかの問題でもないからね。

「私は、風邪を引いたことはございません。丈夫だと、家族からもよく言われました」

「え~それはすごい」

 小さい頃からカンナはとても丈夫な子だったそうだ。侍女も、忙しい時には過労死レベルに働かせられそうだけど……それでも崩さなかったのは、本当にすごいね。

「だけどアキラちゃんも、丈夫なイメージだったなぁ」

「いや、あってるよ。体力はかなりある方だし、寝不足で不調になることもほとんど無い」

 三時間くらいの睡眠でも割と平気だし、徹夜をしたところで翌日ちょっと「眠いねぇ~」って思うだけ。ただ、二日も三日も徹夜を続けるようなことは流石に経験が無い。美容に悪い。

 それと、寝る時にはすっごい沢山寝る。十数時間とか一気に眠ることもある。元気の秘訣だ。多分これも体質だと思う。

「でも、数年に一回とか、ガッと高熱がね~」

「……事前に言いなさいよ」

「しばらく無かったので私も油断していました。本当にごめんなさい」

 子供の頃は年に二回とか熱を出したこともあったけど。大人になるにつれて減っていた。そして二十歳が最後だったから、もう大丈夫かな~くらいの感覚だったのだ。

 だけどカンナの言葉通り、私は『季節の変わり目』程度では済まない環境変化に身を置くことになった。召喚されてから、もう七か月が過ぎた。

 ようやくこの世界の暮らしにも慣れ、女の子達ものびのびと生活してくれていて。今回はこうして、スラン村に避難している。知らない人は暮らしておらず、かつ、全員が私達の味方だ。

 色んな気の緩みが重なったことは否めない。七か月分の疲れがドッと出たのかも。

「スラン村のみんなも心配してたかなぁ? 申し訳ない……」

 聞けば何人か心配そうに様子を見に来てくれたそうだ。あと、女の子達にご飯のお裾分けもしてくれたんだって。明日はまたこちらも何かお返しをしよう。

「しばらくのお疲れが、偶々このタイミングで出たのでしょうとは、私達からもお伝えしました。あまり気に病まれないで下さい」

 私に指摘してくれたのと同じように、異世界に来た疲れが今になって出てきたんじゃないかってことを説明し、今回の滞在で私が勝手にはしゃいで忙しくしていたせいではないって伝えてくれたそうだ。ありがたい。元気になったらまた全員にちゃんと顔を見せに行こう。

「ですので、そろそろお休みになられませんか」

「……うん」

 隙を見て宥めてくる侍女様である。

 色々申し訳の無い気持ちで落ち着かなかったんだけど。カンナはずっと、心配しなくていいんだって教えてくれているみたいだ。

 ん? 夢でも誰かに、心配ないって言われた気がするな。うーん……まあいいか。

「寝まーす」

「ええ」

「おやすみ。ゆっくり休んでね」

 ようやく大人しくテントに向かう私を、ナディアとリコットがほっとした顔で見送ってくれた。カンナに付き添われて、またベッドに入る。沢山寝たから、眠れるかなって不安だったけど。目を閉じたら存外すんなりと睡魔がやってきた。身体はまだまだ休息が欲しかったらしい。

 熱も下がったからむしろ、夢も何も見ない深い眠りだった。

 翌朝にはすっきり爽やかに目が覚めて、うーん、全快! と思った。だけどみんなは心配そうだったし、朝食もまだ作る側には回っちゃダメだって。

 ちなみにスラン村はみんな食堂に朝食を取りに来るから、わざわざ村を歩いて回らなくても「昨日はお騒がせしてごめんね、もう大丈夫です」が早めに言えました。レナにも食後に診てもらって、念の為あと三回分のお薬は飲むように言われつつも、再発していないって診断を貰った。よし。

「じゃあ、私達はちょっと寝るね。アキラちゃんのこと宜しく」

「うん、ちゃんと見張ってるよ。任せて」

 そしてレナの診察が終わると、夜の間は付きっ切りになってくれていた大人組三名は眠るとのことでテントに下がっていく。カンナは最後まで「何かあればいつでもお呼び下さい」と言っていたけどね。呼ばないよ、しっかり寝て下さい。

 私はというと、同じくテントで寝るか、テント付近のテーブルに居ることしか許されなかった。了解です。

「作業してもいいけど、根を詰めたらダメだからね」

「はい」

 子供達に懇々と言われるのは可愛くて逆らえないよ。

 そういうわけで図面を見直したり、昨日寝込む前に「明日やろう」と思っていた魔道具の組み立てをしたりしました。のんびりです。

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