第649話

 着替え終えたところで軽くテントの中を見回す。時計は、薄暗いせいでよく見えない。

「今、何時?」

「深夜の二時過ぎになります」

「君ら寝なさい?」

 びっくりしちゃった。私が寝たのってまだ夕暮れに差し掛かる前だったはずだが、随分と長く寝てしまったらしい。夕食も取っていない。

「あなたが寝込んだらいつもこうでしょう。いい加減、慣れなさい」

「えぇ……」

 そりゃそうなんだけど。何とも言い返せず口をもにょもにょさせていたら、苦笑いのリコットが入り口に立ったのが目に入った。今は大人組三人が起きてくれているのかな。

「アキラちゃん、お腹減ってる?」

「うん、少し」

「スープとパンならすぐ用意できるよ」

「欲しい」

 リコットは軽く頷くと、すぐに見えなくなった。用意してくれるようだ。ナディアも使い終えたお湯と脱いだ服を持って出て行った。その様子をただぼうっと見守っていれば、カンナが「失礼します」と言って私の方に手を伸ばしてくる。彼女の手の平が、頬、それから首筋に触れた。

「熱が下がっておりますね。腫れも、再発は無いように見えます」

「そっか、ありがとう」

 原因自体は、魔法で取り除いているからね。再感染していないなら、そうだろう。

 間もなくして、リコットが夜食を持って戻って来た。

「気付くのがあと少し遅れてたら、今頃もっと熱が上がってたかもしんないね。本当に良かったよ」

 確かに。これだけ汗をかいたなら、眠っている間にもそれなりに熱が出ていたんだろう。その状態でまだ扁桃腺の炎症を抱えていたら、もしかしたら朝になっても熱が下がらずに苦しんでいたかもしれない。

 食後のお薬を飲むところまできちんと見守った後で、リコットがまた食器を運び出していく。向こうでは洗濯やお片付けが行われているのだろうか。申し訳ない、とは思うが、言うとみんなは怖いのだ。口を噤む。もうこのテントの中にはカンナしか居ないけど、ナディアには聞こえるかもしれないので。

「夜が明けて、またアキラ様がお目覚めになった頃に、改めて診察してもらいましょう」

「うん」

 寝そべった私の上掛けを整えながらカンナが言う。そうだね、医者に診てもらうのが一番確実だもんね。

「私はもう大丈夫だから、みんなも、寝ていいよ」

「……今夜だけでございます」

 いつもこの言い合いに負ける私である。いや、どの言い合いも相手が女の子達になったら大体負けているか。

「カンナ達に、うつっちゃわないか心配」

「レナさんの指示で、私共も全員きちんと薬を飲みました。感染を考慮してのことでございます」

 流石はレナ。ありがとう。今はもう寝ている子供達も夜の内に熱を出さないよう、リコットやカンナが時々、熱を測っているらしい。そして大人組もお互いの体調をちゃんと観察し合っていると。私なんかよりもみんなの方がしっかりしているから、心配なんてむしろ烏滸おこがましかったですね。すみません。

「此処のところ、心配を掛けてばかりだね」

「私にとっては仕事の一部です。それに」

 普段は短い応答が多いカンナだが、私が寝込んでから、沢山話をしてくれている気がする。

「アキラ様は常に皆様のことをお考えになっています。昨日も一日、この村を良くするために働かれておりました。この村の皆が恐縮してしまうくらいに」

 感謝の言葉を、昨日、スラン村の全員から聞いた。ケイトラントが一番あっさりしていたものの、それでも彼女も「いいな、ありがとう」と言った。嬉しかった。他の人達は確かに少し、恐縮もしていたね。

「そんなアキラ様の為に働けること、心配をさせて頂けることは、恩返しでしかありません」

 レナに掛けた迷惑は、まあ、昨日の恩返しと思ってもいい。だけどカンナや女の子達については、どうなんだろう。彼女らが住む為の家を私のお金で建てている、くらいかな。でも結局それも私の都合なんだよな。そんなことを思いつつも、口にはしなかった。カンナがあまりにもはっきりと言い切るせいだ。

「領民の立場からすれば『領主』に恩の一つも売りたいところでしょうけれど、相手がアキラ様となると恐ろしく難しいことでしょう」

「はは」

 ふと、デオンの言葉を思い出した。私と居ると借金を抱えそうだって話。勿論お金ではなくて、沢山の『借り』を作るって意味で。

 だけどそのほとんどは私が単に好奇心で遊んでいる先のことで、こっちは恩を売ったつもりがなくて。だから返ってくることに毎度、戸惑いを覚えてしまう。それがいつも、色んな食い違いを生んでいる気がした。……と気付けるだけ、私もちょっとは成長したかなぁ。

「よいしょ」

「アキラ様」

 徐に起き上がったら、カンナが気遣わしげな声を掛けてくるが。「トイレ」と続ければすぐに椅子を引いて、靴と羽織ものを用意してくれた。

 のそのそ。少し身体が怠いせいで、しゃきっとした歩き方ではない。だがフラついてはいない。テントから出たらすぐに反応したナディアとリコットが、「こいつ……」っていう呆れた顔をした。でも真っ直ぐトイレに向かったら何も言われなかった。

 だがトイレを終えて手を洗った後。二人の居るテーブルに当たり前みたいに座ってやった。ナディアとリコットが声を揃えて「ちょっと」って言いながら、顔を顰める。へへ。

「ふざけてないで寝なさいよ」

「カンナが後ろでおろおろしてるよ」

 そうだね、今の私の動きに一番驚いて戸惑ったのはカンナだと思います。

「ん、どうぞ」

「いやカンナに椅子を勧めろって話じゃない」

 空いている椅子を引いて「お座りなさい」ってやったら即座にリコットに指摘された。

「いつも私ばっかり体調を崩してるよね。みんなは元気なのにさ」

「普通にしゃべり始めた……」

「病み上がりだと思うと殴るに殴れないわ」

 ハァ~と疲れたような溜息と共に二人が苦言を呈する。カンナはもう諦めたのか、何も言わずに私が勧めた席へ座ってくれた。

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