第646話_世話
「カンナ、折角だから魔法札を使ってみる?」
木風呂が水で満たされたところで、リコットが魔法札を持ってカンナを呼んだ。
確かに、実際に魔法が入った札を扱うのは初めてだもんね。カンナも使ってみたいと思ったのか、いや、真面目なカンナのことだから練習の意図かもしれないけど。すぐに頷いて、呼ばれるままリコットと一緒に木風呂の方へ行った。
衝立の向こうからみんなの拍手の音が聞こえたので、上手に出来たようだ。見えないけど、私も拍手だけはしておこう。ぱちぱち。傍に残ってくれていたルーイだけが、そんな私を見て笑っていた。
「アキラ様、寒くはありませんか?」
「うん、温かいよ」
準備が整うと早速私は、カンナにお風呂に入れてもらっていた。髪を洗いながらも、カンナは何度も心配そうに私の様子を窺ってくる。
桶のお湯はいつもよりちょっと温いが、寒くは感じない。というのも、お湯から出ている部分が冷えてしまわないようにと大判のタオルを肩から掛けられているから。タオルが濡れてしまうのを気にした私に、女の子達は洗って乾かせばいいだけだと言った。そうなんだけど……洗うのも乾かすのも女の子達がしてくれるんだよね。そう思うほどに申し訳ない。でも遠慮するほどうちの子達は怖いので、ありがたく受け取った。ぬくぬくです。
ぼんやりそんなことを考えていればまた、カンナがひょいと私を覗き込む。目が合ったから、へらっと笑う。カンナの瞳が安堵の色になる。起きてるよ、寝てないよ。
それにしても、今日は私の身体を洗っていても、カンナは冷静だなぁ。
「今日は、恥ずかしそうにしないね」
きょとんとした後、ちょっとだけ視線を余所に向けた。恥ずかしい気持ちを思い出したのかな。
「その、事前のものとは、意味合いも違うように感じますので」
「あー」
王宮でお風呂のお手伝いをしてくれた時は、営み前の準備みたいなものだったからか。なるほどねぇ。しかしやはり私が突いたせいで意識してしまうようになったらしく、その後は少し恥ずかしい顔を残していた。眼福。
可愛いカンナを眺めていたので、特に不調だとかそういう感覚は全く味わうこと無く。そのままご機嫌にお風呂を終えた。勿論、身体も拭いてもらって、服も着せてもらった。その頃になると私は少しうとうとし始めていたんだけど。
レナが薬を持ってきてくれたので、白湯で飲む。うぐっ、苦い。ちょっとだけ目が覚めた。
むっと顔を顰めたせいか、カンナはレナに紅茶やハーブティーとの飲み合わせで問題のある成分が無いかを確認していた。口直しを淹れてくれるつもりのようだ。
髪はラターシャが風を出し、ナディアがタオルと櫛で整えながら協力して乾かしてくれる。こういう時はリコットが風を出してくれることが多い気がしていたけど。今日の彼女は傍で眺めるだけで、何もしない。どうかしたのかな。じっと見ていたらリコットが「ん?」と首を傾げる。
「リコは元気?」
「はは。アキラちゃん以外はみんな元気だよ」
本当に可笑しそうに顔をくしゃっとさせて笑う。元気みたい。タグも『本当』だと告げている。だけどやっぱりいつもと様子が違う気がするんだよなぁ。手を伸ばしたら、リコットは笑いながら握ってくれた。むっ。冷たい。
「大変だ、リコの手が冷たい、ナディ、たいへん」
絶対に一緒になってリコットを心配してくれると思ってナディアを名指しで呼んだのに、呼ばれたその人は無言で眉を寄せ、手だけを動かしている。どうして。「ナディ」ともう一度呼んだが返事は無く、応じたのはリコットだった。
「今はアキラちゃんの手が熱いんだってば」
「あー、そうだお風呂上がりだった」
「いや熱でしょ」
ルーイが堪らない様子で声を上げて笑って、そのちょっと奥の方、門の傍で立っていたケイトラントも笑いを噛み殺したのが見えた。そんなにみんなで笑うなんて酷いや。
「はい、乾いたよ、アキラちゃん」
「ありがとう、ラタ。ナディも」
丁寧にお礼を言えば、ラターシャはわざわざ少し屈んでから、笑顔で頷いてくれた。一方、ナディアは無反応のまま背を向けてしまった。えー。こっちを向いてほしい。様子を窺うべく左右に揺れてみたら、「何してんの」とリコットに押さえられる。なお、ナディアはどうやら私の髪を乾かす為に使ったタオルと櫛を片付ける為にそっぽを向いたみたい。テーブルにそれらを置いたら向き直ってくれた。押さえ付けられている様子に怪訝な顔をした。
「立てる? テントへ行きましょう。カンナがハーブティーを用意してくれているわ」
「わーい」
カンナのお茶も嬉しいしナディアがこっちを向いてくれたのも嬉しかった。私の思考だけがずっと呑気である。
さて、立つのは余裕だ。元気を示す意味も込めてヒョイっと勢いよく立ち上がったら思ったより身体に力が入らなくて、私は早速、たたらを踏んだ。
「ちょっ」
「アキラちゃん!」
全員が大慌てで手を伸ばしてきて、四人掛かりで支えられる形に。倒れ込むほどのふら付きじゃなかったんだけど、みんな驚いて咄嗟に動いちゃったみたい。
「アハハ」
「笑い事じゃないんだよね~、ゆっくり動いてね、アキラちゃん」
「はい。ごめんなさい」
ケイトラントはいよいよ耐え切れずくつくつと声を漏らして笑ったのが聞こえてくる。ぐぬ。
女の子達に見守られ……もとい、見張られながらテントに入ると、もうカンナがお茶をベッドサイドに用意してくれていた。
「問題のありそうなハーブは無いようでしたので、安眠効果のあるものに致しました」
「ありがとう」
まだ仄かに残っていた苦みを流すようにハーブティーを口に含んでから、ゆっくりと飲み込む。んー、いい香りがする。量を少なめにしてくれたのも、早く飲み終えて早く眠れるようにって配慮だと思う。私がいつも残さずに飲むのを知っているから。
普段の半量くらいのハーブティーを丁寧に飲み終えてから、横になった。自分でシーツを引き上げるより早く、カンナが整えてくれる。小さい子になった気分。
「折角、スラン村にのんびりしに来たのに、ごめんね、お世話を掛けて」
「とんでもございません」
テントの中にはカンナだけが居た。みんなは外で、何かしているのかな。お風呂の準備かも。急になんだか静かになった気がして、妙に心細い。じっとカンナを見上げたら、緩く目を細めたカンナが、ベッドサイドに椅子を引き寄せて座ってくれた。まだ、カンナは傍に居てくれるのかな。
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