第645話_扁桃炎

 少しすると、ラターシャに連れられたレナが来てくれて、私の診察が始まる。急がなくていいのに小走りで来てくれた辺り、心配してもらったのを感じる。申し訳ないやら、ありがたいやら。

扁桃腺へんとうせんが、腫れておりますね。熱はそのせいでしょう。放置すればおそらく夜半頃から更に高熱になり、症状は悪化するかと思います」

 難しい顔をしつつもレナが淡々とそう告げた。普段は気弱な印象すらある女性だが、医師として診断する時はこうなるみたいだ。かっちょいい。私の感想はさっきからずっと惚けている。

「アキラ様、このように扁桃腺……首筋の辺りが痛んで熱が出るような症状に、経験はございますか?」

「あー、えっと……」

 私は答えに少しだけ迷って、視線を泳がせた。レナの後ろで此方を見ている女の子達をチラッと見てから、逃げるようにちょっと俯く。

「時々、うーんと、季節の変わり目とかに、たまに」

 小さい声になってしまった。レナには聞こえていると思うが、女の子達は聞き取り難かったかもしれない。幼い子の抵抗みたいで恥ずかしくなる。思わず咳払いをしたら、また耳の辺りが痛んだ。やめときゃよかった。

「毎年でしょうか。年に何度も?」

「いや。そんなには。うーん、数年に一度」

「最後はいつでしょう」

「……二十歳の年末、だから、四年前かな」

 ううぅ。病院の診察室に親が一緒に入ってきた気分だ。傍に居る女の子達の気配にそわそわして、答え辛い。

 居心地の悪さを感じていたが幸いレナからの質問はこれで終わり、彼女は納得した様子で何度か頷いた。そして見守っている女の子達の方へと顔を向ける。何故だ。診断結果はまず私に言ってくれたらいいじゃないか。……多分、診断の『依頼者』が女の子達だから、そっちを向くんだよね。しょんぼり。

「特別な細菌に侵されたというよりは、アキラ様の体質である可能性が高いでしょう。疲れや気持ちの緩み、気候の変化など。幾つかの条件が重なって、時折、このような形で不調を起こされるのだと考えられます」

 そういう患者を、今までにもレナは何人も診てきたそうだ。私は元の世界の医者にも似たようなことを言われた。この世界で思えば過ぎるほどにレナは優秀な医者なんだろうなぁ。そういえばモニカも、ずっと虚弱体質だったところをレナに改善してもらったんだと言っていたもんな。

「アキラ様」

 レナが私に向き直るのに応じ、のんびりと顔を上げる。優しい瞳と視線がぶつかった。

「体質とは申しましたが、強弱はさておき何かしらの細菌に負けて炎症を起こしております。解毒魔法をお使いになった後、回復魔法で傷付いた部分の治癒をするのが宜しいかと。魔法は使用可能でしょうか?」

「ああ、うん、出来ると思う」

 レナが言うには、喉周りが優先だけど、魔力的に余裕があるなら全身に掛けた方が良いとのこと。そうだね、もう細菌だかウイルスだかが全身に回ってることも考えられるものね。

 言われた通り、まず全身に解毒魔法を掛け、次に、回復魔法をした。どちらも明らかに手応えがあったので、診断通り私は扁桃炎を起こしていて、何かに感染していたようだ。

「……腫れは引いておりますね。熱は変わりありませんが、原因は取り除かれておりますので、次第に下がるでしょう」

 炎症は、怪我と同じく回復魔法で即座に治ったらしい。しかし熱ばかりは、身体が細菌と戦う為に自ら反応している部分なので魔法ではどうにも出来ない。戦う相手がいないことをちゃんと理解して、落ち着いてくれるのを待つばかりだ。

「念の為、私からもお薬は処方いたします。今アキラ様のお身体は弱っているようですから、主に再発防止の意図になります。後程お持ちしますので、本日はそれを服薬して頂いて、ゆっくりお休みになってください」

 私は従順に頷いた。医者を相手に愚図っても仕方がないのでね。

 そうして診察を終えたレナが調薬の為に一度立ち去っていくと、女の子達がそれぞれ小さく息を吐く。反射的に身が強張った。怒られるのか?

「明日の朝までは少なくとも、食事の用意もこっちでやるわ。あなたはもう休んで。……ああ、食材だけ何処かに少し出してもらえるかしら」

 お怒りの言葉でなかったことにとりあえず安堵。私は短く静止してから、頷く。ちょっと渋ったんだけど、「嫌だ」と言っても怒られるだろうと察したせいである。食材が入った箱をテントの影に出した。温度調節の結界も一緒に張っておく。

「お風呂に入る」

「……絶対にそれ言うよね、アキラちゃん」

 一斉の溜息である。でもちゃんとお風呂に入ることで心置きなく休めるというのに。しかも細菌に感染していたなら再発防止の為、清潔であることが肝要だと思います。のろのろとした口調でも熱く訴えてみた。みんなの眉間の皺は深くなるばかりだ。

「あまり熱くない湯にすれば、少しは負担が軽くなるかと思います。入浴も、私にお手伝いさせて頂いても宜しいでしょうか」

 カンナが、そう言ってフォローしてくれた。つまり王宮でしてくれたみたいに、全部カンナが洗ってくれるということらしい。他の子達も、「まあそれなら」くらいの感じで許してくれた為、ありがたい申し出である。私はお風呂に入れさえすれば何でもいい。

「水が要るなら、私が運んでこよう。どれほど必要だ?」

 ずっと黙って傍にいたケイトラントがそう言うと、女の子達は申し訳なさそうにしながらも木風呂の分だけ頼んでいた。

 普段は私がドバドバと魔法で出すし、今も出せるけど。安静にしろと言い含められてしまって許されないのだ。ルーイもまだ流石にそこまでの量は出せない。となると運ばざるを得ないが、水は重たいからね。水源は近いと言っても私の女の子達が運ぶのは大変。ケイトラントありがとう。私からも頭を下げて礼を言った。どうしてか笑われた。

「アキラ様、普段の入浴で利用する大きさの桶もございますか?」

 何故こんなことを問われるのか分からなかったけど、頷いて、言われるがままにその大きさの桶を出す。すぐにカンナに回収された。何に使うんだ。

 女の子達がそれを囲んで相談し合っているのに聞き耳を立てる。まずケイトラントに木風呂を水で満たしてもらって、それを私の魔法札でお湯にする。今しがた渡した桶には木風呂からのお湯と少しの水を混ぜて温めに調節。私はそちらに浸けて洗われるようだ。私、洗濯物のようだね。

 そして女の子達も、木風呂を用意したついでに私の後にお風呂に入るらしい。なるほど、合理的だなぁ。私がふんふんと一人で頷いている間、カンナがテキパキとお風呂の準備を進めていた。

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