第644話

 大岩はかなり硬そうだ。サイズも確かに大きい。多分、幅はルフィナの言う通り三メートルと少し。深さは二メートル近くかな。魔力を持たない物体を魔力探知で確認するのは難しく、ちょっと精度が下がるけど。大まかにはそれくらいだろう。

「この辺かな。フン!」

 細かい調整はあまり考えず、邪魔なところを大きめに魔法でゴリッと割って破壊した。こんなに大きな岩を全て取り除くと家の土台にまで影響しそうで怖いから、邪魔なところだけね。

「うわぁ……ありがとうございます……」

 ルフィナはやや引きながらも笑顔でお礼を言ってくれた。大きく欠けた岩を穴から取り除き、改めて、底を土で平らにならす。

「これで此処も図面通りで大丈夫だね。あと一つも同じ方法でいけそう?」

「そ、そうですね、此処までの無茶ができるなら、可能です……」

 まだ衝撃が整っていないらしい。ちょっと遠い目をされてしまった。

 でもこの程度、道具があればケイトラントも「フン!」って砕きそうなんだけどな。私ばっかり異常者扱いは酷いよ。

 しかし後から聞いたらケイトラントは「あれは硬くて無理な岩だった。お前は砕けたのか? ハァ」と言われた。酷いよ。一回は砕けると思って砕こうとした癖に。私ばっかりそんな扱いは酷いよ。

 さておき、私の岩砕きを経て、今日だけで八軒全てのトイレ交換が終わりました。これは私じゃなく、ルフィナとヘイディの指揮と、村人みんなの団結力のお陰だね。

 ちなみに後から気付いたことなんだけど。元のトイレは私が作業に向かう頃には完全に撤去されており、汚れ作業を私にさせない・見せない点も徹底していたみたい。気を遣われ過ぎである。救世主や領主っていうか、お姫様の気分だよ。勿論、見たかったわけじゃないが、トイレの大改造って時点で覚悟くらいはしてたよ。なんかちょっと気恥ずかしい。

「ただいま~」

「おかえりなさい。お疲れ様」

 諸々を終えてテント傍に戻ったら、女の子達が口々に労ってくれた。作業自体はほぼスラン村のみんながやったんだけどね。でも労われるのは嬉しいよね。

「アキラちゃんが頑張ってたから、彫刻板もナディ姉と二人でかなり進めたよー」

「えら~い! ありがとうね。本当に助かるよ」

 自慢げにリコットが教えてくれたので即座に褒め称えた。可愛い。でも心からの感謝は本当です。私はこれ絶対にやりたくないので。

 カンナに淹れてもらった紅茶でひと息ついた後、二人が作ってくれたという彫刻板をチェックし、完了しているものは収納空間へと引き上げておく。うんうん、これなら魔道具も幾つか完成できそうだ。

「でも今日はもうやらなーい」

 明日の私が頑張るよ。そう宣言して椅子に座ったままじっとすると、ラターシャが苦笑した。

「珍しいね、疲れてる?」

「うーん、そうかなぁ? 何だろう」

 体力的にも魔力的にも、勿論、精神的にも。今日疲れているはずがないんだけどなぁ。でもなんか急に動きたくない気持ち。このままのんびり座っていたい。何でだろう。

「アキラ様」

「んー?」

「少し、お傍を失礼いたします」

 徐にカンナが私の傍に寄って、振り返る私の目をじっと見つめてきた。

「何処かに痛みはありませんか?」

「痛み?」

 目を瞬き、首を傾ける。痛いところ、痛いところ……。考えながら首の傾きを逆に向けたところで、つきりと鋭い痛みが走った。

「ぁいて」

「こちらですか?」

 身体を震わせた瞬間、コンマ一秒くらいの早さでカンナが私の首筋に手を当てた。確かにそこは、私が今痛いと思った場所に近かった。この速さ、もしかしてカンナには初めから予想がついていたのではないだろうか。

「そ、そこ、と、ちょっと上の……耳辺りまで、です」

 カンナが無言でその場所をするする撫でてくる。くすぐったくて思わず動いてしまいそうだけど、さっき痛かったので、あまりもう動きたくない。痛いのは嫌だ。

「あの、アキラちゃん、どうかしたの?」

 ラターシャが不安そうに問い掛けてきたところで、カンナは私の首筋から手を離し、彼女らに向き直った。

「発熱されております」

「え、私が? ……うわ、本当だ」

 自覚が全く無かったのでびっくりした。でもタグで確認したら三十八度を軽く超えていて、微熱ってレベルじゃないことを知って、再びの驚き。うわぁ。

「首の左側から喉の方に掛けて少し腫れておりますので、何かの細菌が喉の辺りに入り、炎症を起こされているのかもしれません」

「おぉ……」

「他人事みたいな反応してるけど、絶対に体調悪いでしょ、……うわ~、めちゃくちゃ熱いんだけど」

 カンナの横からひょいと顔を覗き込んできたリコットが私の頬に触れ、眉を顰める。

 そんな彼女の表情の変化を、私はぼうっと見つめていた。リコットは眉を下げて、困った顔で笑みを浮かべた。

「アキラちゃん、自分で喉とか治癒できそう? レナさん呼ぶ?」

「あー」

 なるほど。治癒ね。まずは状態を確認しようと喉の辺りに手を当てたら、誰かがその手を引いた。振り返ったら、眉を顰めたナディアが私の隣に立ち、こちらを見つめていた。

「先にレナさんに診てもらいましょう。魔法で治癒するにしても、きちんと治ったことを確認してもらうなら今の状態も知っておいてもらった方が良いわ」

「確かに、そうかも」

「じゃあ私、すぐに呼んでくる!」

 言葉通りラターシャが素早く走り出し、村の奥へと向かっていった。私の思考はまだみんなの話について行っていない。ふむ。一体何の騒ぎだろう。という感じ。あと薄々気付いていたけど、ラターシャって足が速いんだね。もうすっかり姿が見えないや。

 惚けた顔をしていたら、入れ違うようにケイトラントがのんびりと此方に歩いて来た。

「どうした?」

「アキラの様子が少しおかしいと思ったら、発熱していたようで」

「……今か? 顔色が変わらないのか、お前は」

 ケイトラントはまるで睨むような目でじとりと私を見つめる。そんなことを言われましても。

 だがみんなも「だから分からなかったんだよね」「本人も自覚してないのが最悪」とか会話を続けていて、私が悪いみたいな流れになっている。とても悲しい。しょんぼりしていたら、カンナが私の肩をそっと撫でた。

「寒気はございますか? お邪魔でなければ、こちらを」

 言葉に応じて手元を見ると、カンナはストールを持っていた。寒いかどうかはよく分からなかったが、何となく流れで頷く。カンナは私の肩を一度撫でてから、身体をストールで包んでくれた。温かさに、妙にホッとして力が抜けた。

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