第643話
しかし魔法のことになるとみんなが熱心に耳を傾け、積極的に話し掛けてくれるから嬉しい。今もふんふんと頷いたり、首を傾けたりしながらみんなが私を見つめてくれている。幸せ。
「もう魔法札を解ける私は、どっちの方法でも魔法陣が書けるってこと?」
リコットの問い掛けに、ただニコニコして気を緩めていた私はハッとして居住まいを正す。真摯にみんなの疑問に答えなければ。
「勿論。っていうか、ラタとルーイも出来るよ。普通の魔法陣だと別に『一筆書き』する必要ないから」
「え、そうなの?」
目を真ん丸にして私を見つめる女の子達に頷きを返した。
私が開発した魔法札の解除の場合、『一息で書かなければならない』と制限したのは難易度を上げたかったわけではなく、失敗しても魔力供給を止めればリトライできるようにする為だ。失敗した途端、廃棄にしたくなかったからね。逆に言えば、他の魔法陣は魔力を籠める場所を失敗したら図柄は一から書き直しです。
ということを、私なりに丁寧に説明しているつもりなんだけど。みんなは頷きながらもちょっと首が傾いていた。ややこしかったかな。まあ、疑問があれば改めて質問してくるだろう。私はそのまま説明を続ける
「ただ、『発動』には別途、大きな魔力が必要になる。まとまった魔力が使えないなら結局、魔法陣は使えないよ」
「あ~」
書くこと自体は、ほんの少しでも魔力制御が出来れば誰にでも出来る。ただし書けるだけでは使えない。
「魔法って本当、簡単には使えないんだねぇ」
「はは」
口を尖らせているリコットが可愛い。この子はすぐに色々使えるようになるだろうが、私みたいな規格外の魔法を見ていると『使えない』側の感覚になっちゃうのかな。勿体ないことだ。もう少し、魔法に関する成功体験が必要だよなぁ。
「みんなも魔法陣を作ってみたいなら、今度、魔法陣の講座をやろうか。小さいものなら発動まで出来るかもしれないよ」
「やってみたい!」
元気よく手を上げたルーイに続いて、みんなもやりたいと言った。それなら、みんなにも発動できそうなシンプルで小さい魔法陣をいくつか考えておこう。
「アキラ様、私も一緒に教えて頂いて宜しいでしょうか?」
「うん、勿論。カンナも魔法陣は詳しくないのかな」
「はい。魔法陣は必修の教育に含まれておりませんでした」
カンナ曰く、魔法は適性を見て等しく教育を受けるらしいが、『魔法陣』は貴族にも必須の教養としては扱われていない。将来的にその仕事をするとか、そういう特殊な立場じゃないと学ぶことはないようだ。
「オッケー、じゃあ、みんなでやろうね。ただ私の方に色々と準備が必要だから、ちょっと待ってね」
「はは。急いではいないよ」
笑いながらリコットがそう言ってくれて、他の子達も異を唱える様子は無い。
魔法の講座なら「今? 明日?」くらい前のめりだけど、魔法陣はそこまでじゃないらしい。良かった。
などと話している内にルフィナとヘイディが確認を終えたらしく、此方へやってきた。
「八軒中、二軒は少し調整する必要がありそうです。まずは六軒分だけ、図面通りの部品をお願いできますか?」
「分かった。準備しておくよ」
イレギュラーな二軒の調整は、その六軒が終わった後でやるんだね、うん、それで良いと思う。
私が部品を準備している間にルフィナ達は古いトイレの撤去と、新しいトイレを入れる準備をしておいてくれるとのこと。
そして入れ替え作業は二軒ずつ行うと伝えられた。六軒を一気に外しちゃうと何かの折で入れ替えが手間取ってしまった場合、村全体が少ないトイレで凌ぐ羽目になるからだ。妥当な手順である。
私も二人の準備ができ次第すぐ交換に入れるよう、部品の方を先に作るか。
みんなとの雑談も一旦中断させて頂き、サクサクと部品を作る。魔法陣の準備もまだ残っているのだけど、トイレそのものの入れ替えが先だし。最悪おがくずだけでもトイレとしては機能するから、魔法陣の方が遅れることは大きな問題じゃない。
三十分後、最初の二軒のトイレをもう撤去したと優秀すぎる大工姉妹に呼ばれ、バイオトイレ二つ分の部品と魔法陣を持って、私も向かった。
最初の設置先はモニカ宅だった。みんなが慕う村長様だもんね。最優先だね。
次はこの村唯一の医師であるレナの住む屋敷。単にモニカの家から近い為かもしれないし、衛生面で優先と思ったからかもしれない。何かしらきちんと考えられた上で順序も指定されていると思うので、領主は従うのみです。
入れ替えにはルフィナと他にも数名が動いてくれて、その間、ヘイディは次に入れ替え予定のトイレの撤去を進めてくれるらしい。統制が取れている素晴らしい村だね。
一軒目だけ、私主導で組み立てた。でも二軒目以降はもうルフィナに任せて私は見ているだけ。図面と一回の実践を見ればもう完璧に理解できる有能さたるや。よって暇になった私は組み立てと設置をしてくれている横で、残りの部品製作と魔法陣の作成をした。
「順調だねぇ」
あっという間に六軒目に至る。スラン村はこうしてテキパキと建てられたんだろうなぁ。すごいねぇ。
「アキラ様は、お疲れではないですか? 魔法陣の発動も、楽ではないのでは」
「いやぁ、これくらいなら平気だよ。心配してくれてありがとうね」
私以外の魔術師なら二つほど発動したらその日はもう何も出来ないかもしれないけどね。色々と桁違いなので私は大丈夫です。
当然のように六軒目も慣れたもので、すぐに終わった。残るは調整が必要になると言う、あと二軒だ。
撤去作業が終わって準備が出来たとの報せを受け、早速向かう。
「この通り、底面が少し斜めになっておりまして。トイレの設置場所を移動させるか、トイレそのものを少し浅くする必要があるのです。もう一軒も同じ問題です」
見せてもらった場所を覗き込む。他の場所と比べて確かに底が歪な形で、右側が明らかに膨らんでいた。
膨れている部分を掘ってしまえば普通に今の部品と合わせられるのに――と思ったが、多分それが出来ないから、調整の相談なんだよな。
「底、何が邪魔してるの?」
「大岩です。端がこの辺りまであるようで、当時も大き過ぎて掘り返せなかったのです」
言い方が『推定』だったせいかタグは出なかったが、前のトイレを設置する時にルフィナ達がある程度は調査しているだろうから大きな間違いは無いだろう。となると、その大岩は幅が三メートルくらいありそうだね。なるほど、確かに大きいなぁ。
「ふーむ。岩なら、私が削ろう」
「え」
岩の位置や状態を確認するのに集中していた私は、ルフィナが戸惑った声を出したことに気付いていなかった。
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