第642話
カンナと二人でモニカの屋敷に到着。アポは取っていません。領主はいつも横暴です。
「今ちょっと良い~?」
「はい。どうぞ」
しかし従者さんもモニカも全く動じることなく私を迎え入れ、いつもの大きな部屋に通してくれた。優しい。ではお話しましょう。腰を落ち着けてすぐに、私は笑顔で本題を告げる。
「スラン村のトイレを全部バイオトイレに変えてはどうかと思って相談しに来たんだけど」
「ええと……」
私の横暴に慣れつつあるみんなも流石にこのような突拍子の無い発言には、揃って首を傾けた。はい、順を追って説明します。
まずバイオトイレとは、私が普段から仮設トイレに利用しているあれですね。排泄先にはおがくずが入っていて~という仕組みの説明をしつつ、魔法で分解促進と消臭をしている魔道具であることも告げる。
「魔力充填式なんだけど、初期に開発したものより省エネにしつつ魔法石も組み込んだから、これも照明魔道具と同じくらい、充填は必要ないね」
最初に作った仮設トイレは自分が使うつもりだったから、大量の魔力が必要でも構わなかった。でもスラン村に設置するとなると話が変わる。私の不在が続いたせいで動かなくなったら困るから、一瞬で排泄物が消えるっていうより、五分くらいで消えるように緩めた。でも消臭魔法は私のものと同じく即座に働く為、臭いなどの被害は大丈夫だ。そもそも今使用している汲み取り式よりはずっとマシのはず。
また、これは用を足した時だけに使うものだし、夜間に使いっ放しになる照明と比べても、一人が一日に消費する魔力量は少ないと思う。
「今、自分達の排泄物は特に資源としては利用してないよね?」
「はい、元よりこの村は植物の育ちが良く、肥料は必要となりませんので」
そうだよね。肥料も無くて元気に育つなら、無いに越したことはない。作るのも手間だし。
「衛生的に考えましても、処理の手間を考えましても、我が村にはかなり有益なものですね」
同意してもらえた! では早速、トイレの入れ替えの段取りを――と思ったんだけど、モニカが殊更にっこりと私に微笑んだ。
「それでは、こちら、一つにつき費用はどれほどでしょうか?」
「あー。無償じゃだめ?」
「駄目でございます」
丁寧に駄目って言われた。モニカに倣って私もにっこりしてみたけど、モニカは全く表情を動かさないし怯まない。……駄目かぁ。
「じゃあ、大銀貨一枚で。私側の手間はそんなに多くないから」
魔道具作成でやるべきことは、おがくずを用意すること。かき混ぜる機構を作ること。動きに応じて術が起動する仕組みを作ること。そして術を入れること。
部品も魔法陣も簡単なものだし、量産も簡単。家によっては少し形状の調整も必要かもしれないが、その辺りはスラン村のみんなにも手伝ってもらう。加えて、今利用しているトイレの撤去作業も村のみんなに請け負ってもらう前提で、これくらいのお値段でどうだろう。
モニカはちょっと考える顔をしてから、「承知いたしました」と飲み込んでくれた。お互いの妥協点である。
改めて聞いたところ、バイオトイレに置き換えるべき家は八軒だそうだ。
スラン村は、住民一人一人が一つの家屋を持っているんじゃないみたい。モニカと従者さん、ルフィナとヘイディみたいに、数名で一つの家に住んでいることがほとんど。夜勤のような生活をしているケイトラントだけが一人で暮らしているんだそう。だから村人は十九人でも、住居は八軒。他の建物は住む為のものじゃないからトイレが付いていなくて、住んでいる家にはちゃんと全部トイレが付いている。追加は必要なし。
ということで対象は八軒だから、部品の数は……うむ、此処からはルフィナとヘイディにも話し合いに加わってもらって、今のトイレとの置き換えにどの程度の部品調整が必要か、詳細を考えてもらうことにしましょう。
八つなら、のんびりやってもきっと二日くらいで終わるよね。私達の屋敷建設は急ぎじゃないし、そっちの作業をしている人達にやってもらえれば。
ということで、従者さんらが早速二人を呼びに行ってくれて、その間にモニカと私は金銭と領収書のやり取りを済ませた。
「アキラ様のお傍で働くことは……モニカ様のお傍より忙しそうです」
「えぇ~」
呼び出され、内容を聞いたヘイディが苦笑してそう言った。カンナは「ご指示が少ない」って言ってくれてるのに~。
心外だーと言わんばかりの声を上げたが、モニカも従者さんもルフィナも、同意するように笑っていた。まあ実際この大工姉妹には村に到着して早々、馭者台とか、とにかくご迷惑をお掛けしているけども。
さておき、バイオトイレ化については大賛成をしてくれたので、図面を広げ、改めて細かな説明を行った。
「では私達はまず、全てのトイレを確認して参ります」
「はーい。じゃあ私はテントの方に戻って、魔法陣だけ八つ書いておくよ」
部品の方は、調整によって形や大きさが変更になるかもしれないからね。
そういうわけで一度カンナと共にテントに戻り、魔法陣の作成。傍らでカンナはさっき中断した魔法札の披露をしつつ、「モニカさんと何の話だったの?」と女の子達から探りを入れられていた。私が「いいよ」頷いたら、代わって内容の説明をしてくれる。自分で言わなくていいって楽だねぇ。
「前から気になってたけど、魔法陣は転写じゃダメなの?」
「おー、良い質問だねー。そう、駄目なんですー」
リコットの質問に、手を動かしながら答える。転写するだけで量産できるなら魔法陣を一度書けば済むんだけど。そうは問屋が卸さない。
「魔法札の解除でやるみたいに、魔力を籠めて線が引かれていないと駄目なんだ。だから転写してもそれはあくまでも『下書き』で、後から改めて全ての線に魔力は入れないといけない」
「私達がインクを入れている彫刻板は?」
「あれも発動前に、私が魔力を籠め直してるよ」
つまり魔法陣の書き方は二通りある。既に書いてある線に魔力を上乗せする方法と、線を引きながら魔力を籠める方法だ。
「あなたが線を引きながらやるのは、そちらの方が簡単だから?」
「その通り。実際に触れてるところだけに魔力を籠める場合、細かい魔力制御が必要ないからさ」
「あー、私らが魔法札を難しいって思うのと、同じかぁ」
彫刻板は丸くない魔法陣だから、模様維持の機能が無い。その為、何かの折に模様が消えてしまわないようにと思ってわざわざ彫ってインクを入れ、その後に魔力を上乗せすると言う、やり方としては相当に面倒な部類に入る。今はリコットとナディアが前半の作業を担ってくれているから、私にとってはマシなだけでね。
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