第641話

 今日のナディアは午前中から熱心に、まとに向かっておもちゃの鎖鞭を振るっていた。そこに何故か他の子らも加わって、順番に鎖鞭の練習している。君らは鎖鞭を持つ予定も無いでしょうよ。でも的当ての遊びみたいで楽しそうに見えるんだろうな。みんなできゃっきゃと笑い合っていて、とても愛らしい。

 なお私は少し離れた場所で作業をしております。この、ちょっとした除け者感が……ううん、私の隣にはカンナが控えているので一人ではない。大丈夫です。

「カンナ」

「はい」

 呼んだ時に応じる声があると、それだけちょっとホッとするよね。癒し。

 いや、流石の私もそんなことの為に今カンナを呼んだわけじゃない。これは副産物です。

「ああいう新しい武器の練習っていうのは普通、指南役が必要だよねぇ」

「……はい。私の知る範囲であれば、師が居ることが常です。ただ、鎖鞭というのは貴族界においてあまり扱われるものではないかと」

「そりゃそうだ」

 権力を使って指南役を探すのは大変そうだな。まあ、候補者が居たところでナディアの傍に他人を付けたいとも思えないので、採用したかどうかは怪しいが。これって独占欲……? いや、ちょっとした警戒心。多分。

 またエルフの知恵の中にも、明確な指南方法があるのは弓・短剣・長剣だけ。全員が必ず学ぶのは弓みたい。文化だね。必修科目みたいなものなんだろう。あとは魔力制御も、エルフ達は必修のように全員が覚えて――、あ。

「そうだ。忘れてたけど、カンナにも魔法札を覚えてほしいんだった」

 唐突に思い出した。本当に忘れていた。

 私の言葉にカンナは不思議そうな顔で小さく首を傾けている。愛らしい。ニコニコしながら、説明の為に収納空間から練習用の魔法札と、解除の説明書を取り出す。

「これ。『魔法札』ってのは私が勝手に付けた名前なんだけどね」

 でも開発者も私なので私に名前を付ける権利があると思う。

 という余計な話はさておき。私はカンナにも魔法札について説明をした。やりたいことは、私の魔法を他の人にも使わせること。仕組みとしては、この札の封印を解除すればそれに呼応して中に入れた魔法陣が発動する。札の解除方法は説明書に記した通りで、決まった絵柄を魔力で描けばいい。丁寧に私が説明するのを、カンナが真剣に聞いてくれている。

「他の子らにも練習してもらっててね。ナディとリコはもう使えるんだ」

 話しながら彼女らの方を見たら、リコットがこっちを見ていた。手を振ってくれたので手を振り返す。ナディアは顔こそ逸らしていたものの猫耳はしっかりとこっちを向いていた。話は聞こえているご様子だ。なお子供達は的当てに夢中で見向きもしません。可愛いな。

「解除は、順番通りに魔力を籠めて~、……こんな感じ!」

 お手本として、少しゆっくりと魔法札を解除した。中から銀貨が出てくる。これは練習用の札で、ご褒美で銀貨を得られる仕組みなんだよと伝えたところで、説明は終了。

「カンナにも十枚あげるね。ナディ達がもう使えるから、急ぎじゃないし、暇な時に練習してみて」

「畏まりました」

 礼儀正しく両手で受け取ってくれたカンナは早速、近くの椅子に座って膝の上に説明書を広げていた。今からもう練習をしてくれるらしい。

 そこまでを見守った私は、視線を自分の手元に戻した――のだけど。

「アキラ様」

「ん?」

「この銀貨は小口現金の方へ含みますか?」

「あー、まあ、君は、ねぇ。解くよね」

 まさしく『あっと言う間』だったな。カンナの手には既に一枚の銀貨があった。高位の生活魔法が扱えるほど魔力制御がとうに完成しているんだもんね。そりゃそうだよな。

「ううん。それは君のお小遣いだから、君のお財布に入れちゃって」

「……ありがとうございます」

 相当稼いでいるカンナに銀貨一枚ぽっちは大したお小遣いにはならないけど、ちょっと嬉しそうにしているように見えた。可愛いなぁ。私がほのぼのと彼女を見つめていたその時、遠くで「えっ」って声が幾つか聞こえて、女の子らが一斉に此方を振り返る。ほう。こっちの会話が聞こえていたナディアからの情報漏洩だな。全く隠してはいないけど。

 ぱたぱたと駆けてきたのはナディアを除く三名。こっちに来るなりそのままの勢いでカンナの手元を覗き込んでいた。その後ろを、ナディアものんびりと歩きながら近寄ってくる。

「解けたの!?」

「すごい、教えてもらってすぐに出来るんだ」

 きらきらの目に囲まれて少し戸惑っている様子のカンナも含め、みんな可愛らしいねぇ。

「ラタとルーイは、今どの辺りなんだっけ?」

 前に見てあげたっきり、私には特に相談してこないんだよね。でも流石に出来るようになったら教えてくれていると思うので、進捗確認です。二人はこっちを向くと、揃ってやや難しい顔をした。

「もうちょっとだから、ラターシャと競争してるの。でも二人とも最後の角が越えられなくて」

「ははは。もう目前だね。充分に成長してるよ」

 私の女の子達はみんなすごいなぁ。頑張り屋さんばっかりだから、余計に成長が著しい。近い内に全員が出来るようになりそうだ。

「さてと、私はちょっとモニカのとこ行ってくる。カンナ、そこに居ていいよ」

「いえ、私も参ります。申し訳ございません、魔法札の件は後程で」

「良いよ~いってらっしゃい」

 カンナは女の子達に囲まれていた状態だったが、それでも侍女として働きたいらしい。魔法札を解くところを見たがっていた女の子達に断りを入れて、後ろを付いてきた。一応私からも「邪魔してごめんね」と軽く謝罪はしておく。水を差してしまったことには変わりないのでね。

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