第640話
「――アキラちゃん。問題です」
「うぁ、はい」
急にクイズを始めたリコットの声は、やけに真剣な色を含んでいた。私の方は逆にご機嫌になりつつあったせいで緩みまくっていて、返事に変な声が混じってしまう。でもリコットはそんなことを気にした様子は特に無かった。
「私はアキラちゃんのことを、どう思っているでしょうか」
「えぇ?」
これはまた難しい設問が来たぞ。目を瞬きながらリコットを見下ろした。彼女の頭が顎下にあるので何にも見えない。そしてこういう類の質問は間を空け過ぎると怒られるものだ。大急ぎで答えを考える。
「あっ、えっと、『手の掛かる子供』?」
そういえばこの間そう言ってた。ありがとう私の記憶力!
答えに行き着いたと、何処か安堵した私だったのだけど。顔を上げたリコットは、苦い顔をしていた。
「まあ、うん、そう……」
絞り出すように呟き、しかも溜息まで吐いている。言葉は肯定に聞こえるものの、私は間違えたらしい。うーん、前は確かにそう言っていたのに、これではないのか。きょときょとと目を瞬く私を見て、リコットが困ったように笑う。
だけど何も言わずにそのまま、頭を再び私の胸の上に落とした。正解は、教えてもらえない感じですか? そう思って脱力し、油断したというか、少し気が緩んだ瞬間だった。
「大好きだよ、アキラちゃん」
まず、ただただ驚いて。二秒後に、これが彼女の『答え』なんだと気付いて、身体がぶわっと熱くなった。すると私の胸の上でリコットがくすっと笑う。
「アキラちゃんでも、『好き』って言われて心臓が跳ねたりするんだ?」
「え、今の聞こえた? いや、だってさぁ」
とても恥ずかしい音を、聞き取られてしまったらしい。いや、位置がさ、位置が悪いんだよ。そんなところに居られたらノーガード過ぎるよ。本当に恥ずかしい。
それに可愛い子に好きだって言われたら誰だってときめくでしょうが。『私でも』って何さ。万人がそうだろ。
しどろもどろになりながら訴える間も、ずっとリコットは私の上で肩を震わせて笑っている。
だけどその笑いが収まって顔を上げる頃には、いつもよりずっと大人びた顔をしていた。淡い笑みを浮かべ、細められた目の奥が何を宿しているのか、私には難しくて読み取れない。
「お願いだから、忘れないでね」
囁かれた言葉の意味が分からずに、何度も目を瞬いてリコットの顔を凝視する。
「え、ど、どうしたの、リコ」
急に不安になって、声が震える。だって、今の言葉がどうしても、離れて行ってしまいそうなものに聞こえたのだ。しかしリコットは私の動揺っぷりに、驚いた様子で目を丸めた。
「リコ、どっかに行ったりしないよね?」
「あのねぇ」
思わず不安をそのままぶつけたところ、リコットがぎゅっと眉を寄せて、声を低くした。
「大好きだって言ってるのに、行くわけないでしょ!」
むいーと頬を抓られた。待って、痛い痛い痛い。力加減が容赦ない。
指を離す時もビッと頬を千切る勢いだったので、泣き言を言おうと口を開いたが、言葉はキスで塞がれた。
頬はまだ名残りでじんじんと痛くて、でも唇は柔らかくて温かい。
混乱しつつも反射的にキスに応えていれば、リコットの指先が私の痛む頬を優しく撫でる。そのままキスが甘くなるにつれて、痛みのことは忘れていった。
「しよ」
短い言葉で続きを誘ったリコットが、私に跨った状態でシャツを脱ぎ落として肌を晒す。
その光景はすごく扇情的で、身体の奥が疼いて体温が上がった。興奮して思わず彼女の下の服を引っ張ったら、リコットが笑いながら腰を上げてくれた。すみません、一刻も早くリコットを裸にしたくて。脱がしながら彼女と身体を入れ替えて、一糸纏わぬ姿の美しい人をベッドに横たえる。
煽られるまま余裕なく覆い被さる私のことを、リコットは満足そうに笑みを浮かべて受け止めていた。
幸せな気持ちのまま迎えた翌朝。スラン村三日目。
リコットが触れている部分が柔らかい。この子は『隣で寝ている』という表現がやや違和感なほど、一緒に寝るといつも何処かしら重なって寝ている。
普段のリコットはしっかりしていて自立していて凛とした女性だが、根っこがちょっと甘えん坊な気もする。人の温もりが好きというか。人懐っこいだけかな。まあ、私は大歓迎なので何でも宜しいな。
「……ア、キラ、ちゃん」
「はぁい」
微睡んでいたら可愛い子が私を呼んだので、ご機嫌にお返事した。しかしそれに対して反応は無くて、さっきのはただの寝言だと知る。
今、私がリコットの夢の中に居るの? 可愛いねぇ。でれでれと表情を緩めた直後だった。
「バカ……」
「あ、はい、すみません」
いつかナディアが寝言でバカと言われて小さく凹んでいたのを愛らしいと笑ったけど。寝言でも軽くショックなのは今よく分かったよ。夢の中の私は一体この子に何をしたんだろうな。
温もりは気持ち良くてリコットは可愛いけど。ほんのちょっとの悲しみを抱えた朝でしたとさ。
「え~……何も覚えてない。他に何か言ってた?」
当然のように、起きたリコットは何も覚えていなかった。尋ねる私が真のバカである。リコットもやや呆れた様子で笑っている。そんな私達はまだ起きてベッドに座ったばかり。早々に面倒な質問をされたリコットは、目を擦りながらも相手をしてくれる優しい子です。
「ううん、それだけ。リコ、まだ怒ってる?」
「だからさぁ、寝言にそんな……」
夢の中での怒りをまだ内に秘めているかを問う言葉だと思ったらしいリコットは笑い飛ばそうとしたみたいだった。でも途中で気付いて口を噤む。私が今聞いたのはそうではなくて、行為に至るより『前の』彼女の怒りに対してだ。もしかしたら眠る時にもそれが残っていて、それで、あの寝言に繋がるような夢を見たのではと――結局、私が考えすぎなのかもしれない。自分で言ったことが恥ずかしくなってきたところで、またリコットがふっと笑う。
「そういうとこが、ズルいって言うか。絆されて許しちゃうから、良くないのかなぁ」
独り言のようにそう呟いた後。リコットは私を引き寄せ、抱き締めてくれた。
「大好きだって言ったでしょ?」
昨夜と違い、私の体温は緩やかに上がった。心臓は跳ねなかったけど、じんと小さく疼いて、くすぐったい。
「だからね、アキラちゃん。もうちょっと自分のことも大事にしてね。私がアキラちゃんを大好きだって思ってることを、忘れないでね」
私が勝手に不安になってしまったあの「忘れないで」という言葉を、バカな私でも勘違いしない易しい言い方に変えてくれる。
「気を付けます。ごめんなさい」
素直に謝ったら、リコットはまるで小さな子供をあやすみたいに私の頭を撫でてくれた。くすくすと笑う声が優しくて、堪らなく嬉しかった。
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