第639話

 そんなこんなでみんなと楽しく餃子を囲んだ後は。お風呂の時間。

 今はテント生活で野営時と同じ状態の為、木風呂の横にスノコを並べ、それらを衝立で囲っている。そして順番に入るはずなのだけど。

「アキラちゃーん、あのお薬ちょうだい」

「ああ、はいはい」

 その前にリコットから突かれて、私は収納空間から茶色の丸薬が入った瓶を取り出した。

 これは噛まずにゴックンしたらニンニクの臭いを消してくれるお薬です。他の食べ物から来る臭いもある程度は消してくれるものの、ニンニク成分に対する効果が最も高い。

 いやー、餃子の後のニンニク臭、女の子達だと気になるだろうと思いまして。私も気になるので、色々と薬草を調べている時に開発しました。タグがあると、調薬も普通よりずっと楽に出来て助かるよねぇ。

 一人一つずつ受け取って、ゴックンしていた。私も飲みます。カンナもみんなから説明を受けると納得して、飲み込んでいる。

 ニンニク入りの食べ物は美味しいから、控えるのではなく沢山食べてリセットしたいよね。そんな女の子の欲望を叶えるお薬ですよ。スラン村のみんなはそんなに量を食べていないから気にしなくても大丈夫だろう。多分。

 いや、正直に言うとそんなに数が無いので全員に渡せないだけ。増量するのを忘れていた。今度、この村唯一の医者であるレナにレシピを渡して、調薬してもらおうかな。今日はごめん。

 忘れない内にと思い、みんなが順にお風呂に入っていく傍らで早速、レシピを書き出していた。ついでに他のお薬レシピも書き出して、何種類か依頼しちゃおうかな。興が乗って、当初の予定より無駄に時間を掛けた。

「これで良し、――ぁだっ」

 ようやく諸々を書き終えて顔を上げた時。後ろからリコットに突撃された。油断していたので衝撃がすごい。だけどリコットが「ごめん」と言いながら私の後頭部に胸を当ててくるので、幸福感の方が勝ってしまう。もう痛いより気持ちいい。ずるい。

「何かしてたの?」

「さっきの薬のレシピを書いてた。レナに量産を依頼しようと思ってさ。自分で作るのは面倒くさいし」

「あはは」

 面倒くさがりな私らしい発言に、リコットが楽しそうに笑う。そんな胸の揺れがダイレクトに後頭部に響いてきます。幸せ。

「それで、リコはどうしたの? 髪は乾かした?」

「うん、乾かしたよー」

 返答に『本当』のタグは出ていたのに、私は真偽を確認するように彼女の長い髪をひと房、手に取った。うん、乾いていますね。いや、リコットの綺麗な髪に触れるいい口実になるからやったわけではないよ、念の為ですよ。

 しかしリコットが上がってきていてもう髪も乾いているなら、そろそろカンナも洗い終えて、私が呼ばれる時間かな。

 木風呂の時はアパートみたいに汲み上げ用と浸かる用の桶って分け方が出来ない。その為、ナディアと私の順番を入れ替えている。これはつい最近取った措置だ。

 自分が浸かると尻尾の毛が――と言われるまで気付かなかったのだが、木風呂の時、なんとナディアは尻尾が浸からないように脚しか浸けていなかったのだと知った。早く教えてほしい。ナディア曰くそれだけでも充分に温かくて気持ち良かったとのことだけど。それは全身で感じてくれ。衝撃だった。

 そんなことをしみじみと思い出していると。まだ私をバックハグしたままのリコットが、私の頭にぐりぐりと頬を擦り付けてくる。何だ何だ、可愛いなぁ。

「なぁに、リコ。くすぐったい」

「今日一緒に寝よ?」

 唐突なお誘いに私は驚いて少し目を丸めてから。すぐに表情を緩める。いや、正しくは『緩んだ』。

「勿論、大歓迎だよ」

 嬉しい気持ちと衝動そのままにリコットの頭を引き寄せ、こめかみにキスをした。すると即座に後方からナディアのものと思われる溜息が聞こえてくる。怖い。

「……まあいいわ。それなら私、今夜はカンナとゆっくり本の話でもするから」

「はは!」

 低い声で不満そうにしつつも告げてきた言葉に思わず笑った。

 ホラーが大好きな二人の夜のお話は、さぞ盛り上がるんだろうね。でもホラーが苦手な他の子達にはとてもじゃないけど聞かせられない。テントの中で二人だけ、というのは、絶好の機会なのかもしれないね。

「ええと、何のお話でしょう。アキラ様、お次をどうぞ」

「はいはーい」

 丁度上がってきたカンナには話が一部しか聞こえていなかったらしく、首を傾けている。説明はナディア達に任せよう。私はお風呂の準備をして、衝立の向こうへと移動した。綺麗に清めた身体でリコットとの甘い夜を過ごさなきゃいけないからね。入念に洗ってきますね。ウキウキです。

「――うーんと。リコットさん?」

「ん~」

 ところが。就寝時刻を迎え、可愛いリコットと二人でベッドに入った頃。私は戸惑った声を彼女に掛ける。つい先程までは甘い時間を期待して上機嫌だった私だけど。リコットはというと、私の上によじよじと上ってきて、首筋辺りに額を押し付けてから一向に動かない。柔らかくて温かくて気持ちはいい。しかし先に進まない。もしかして今日は添い寝だけか?

 それはそれで、幸せだからいいんだけども。

 ふと、リコットがいつも通り憂いなく接してくれていたから忘れつつあった昼の出来事を思い出す。もしかしてまだ怒っていらっしゃるのだろうか。『忘れつつあった』という点を思うと怒られても仕方がない気がしてきた。それは嫌だ。リコットに嫌われたくない。

「リコ……」

「んん?」

 私がへにょへにょの弱い声で呼ぶと、「どうした」と言わんばかりの返事と共にリコットが顔を上げる。さっきから何度呼んでも応じてくれなかったのに、どうしたではない。

 しかし、今日のことを私から蒸し返しても、何を怒られたかちゃんと分かっているとは言い難く。そんな状態で謝ることも都合が良すぎるのではないだろうか。少し悩んでから、私はその点には触れないことにした。

「えっと。今夜はこのまま寝る?」

「んー、ううん。でも、もうちょっと」

「そっか。いいよ」

 リコットがそう言うなら、可愛いから幾らでも付き合います。何を目的としているのかはさっぱりだが。

 可愛い子は私の上に居て、時折「うーん」と唸りながら、額を私の頬や首筋にぐりぐりと押し付けてくる。その度にリコットの頭や背中を撫でてあやす。

 可愛いから、段々、理由とかどうでもよくなってきたなぁ……。

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