第638話
ウェンカイン王国とマディス王国間の交易は遥か昔から続いているそうだ。そしてその歴史の中で一度、『マディス原産の豆を発酵させて作った調味料』が交易品の候補として挙がったことがあると言う。
「ただ、当時の我が国では発酵食品があまり受け入れられておらず、相手がマディス王国であることも相まって、嫌厭されてしまったのです」
うーん。分からなくもない。色が黒とか茶色だし、発酵に対して知識が無くてただ『腐っている』と捉えてしまったら、カンナの言う通り『敵国から送られてきた』という印象のせいもあって快く口には入れられなかったのだろう。
「そのような声がマディス王国側にも届いた結果、彼らにとっては古来より愛された大切な調味料だったということで大変にお怒りになり、交易品として二度と入らなくなったと……」
双方の気持ちも分かるから仕方ないことだとは思いつつ。ううっ……私の醤油と味噌。嘆きながら調理台に突っ伏すと、カンナが慌てて「ですが」と声を繋いだ。
「これがアキラ様の仰っているものだとは、断言できませんので」
「今の話にあった調味料は、私の知る醤油と味噌ですか?」
顔を上げてカンナに問い掛ける。タグを使うつもりだと理解したカンナは声を詰まらせ躊躇いながらも、「はい」と小さく答えてくれた。『本当』のタグが出た。
「うう……!!」
「アキラ様、その、ええと」
改めて突っ伏して大袈裟に嘆く。カンナは傍で大変おろおろしていたようだが、この瞬間の私は打ちひしがれていて、よく分からなかった。
「この世界に全く無いよりはマシじゃないかな、もしかしたら、手に入るかもしれないし」
私とカンナの様子を見兼ねてか、ラターシャが改めて慰めてくれる。
確かに、影も形も無いよりはいいのかもしれない。最悪は原料だけでも手に入れば、賢い誰かが私の拙い知識から何とかして作ってくれる可能性だってある。
めそめそしながらも身体を起こしたら、真っ先にカンナの心配そうな顔が目に入った。ずっとその顔で傍に居たんだとようやく知って、可愛くて表情が緩む。
「ラタの言うみたいに、
よしよしと頭を撫でる。この子、撫でられる時に必ずきゅっと目を瞑るのが可愛いんだよね。
「いえ、アキラ様の、お役に立てたなら……」
「勿論いつも助かってるよ、私の侍女様」
カンナは小さく「はい」と応えつつ。照れ臭そうに俯いた。愛しい。
そしてふと見ると、私らが楽しく話している間にリコット職人がもうとんでもない数の餃子を包み終えている。私は急いで話を切り上げ、残りの調理を進めた。餃子を包むのにもっと掛かると思って、のんびりしてしまった。
あ、でも私がチキンステーキと餃子を焼いている間に、スープやサラダを女の子達にお任せしたらいいのかも。暇を与えると怒る子ばかりなので、むしろそうしなければならない気がしてきた。そんなことを考えながら他のものの下処理を終えた辺りで、みんなが餃子を包み終えた。
「大変な作業ありがとうね。ごめん、スープとサラダは後を任せてもいいかな?」
「勿論。ラターシャとルーイ、この辺のもの洗っといてー」
「はーい」
早速リコットの指示で女の子達がテキパキと役割分担をし始めた。調理場でも働いていたことがあるこの子は特にこういうことに慣れている……いや、元々、段取りとか考えるのが得意っぽいな。他のお手伝いでも指揮を取ってくれたことがあるし。
さておき私は餃子とチキンステーキの焼き作業に入ります。
「美味しそうな匂い~」
「お腹、空いてきちゃったね」
じゅわ~と良い音がしてすぐに女の子達の声が続く。可愛くてニコニコしちゃう。
「アキラちゃん、鳥肉なら私が見ようか? ギョーザの方が大変そう」
ルーイがちょこちょこと傍に歩いてきてそう言った。お片付けはもう終わったらしい。
私は今、四連の
「そうだね、お願い。両面に軽く焼き目が付いたら、この調味料を流し入れて蓋をして」
「うん、分かった」
白ワインなどを入れた容器を指す。料理上手なルーイはすぐに理解してくれたので、そのまま鳥肉を担当してもらうことにした。ありがたい。私は集中して餃子を見張りましょう。
スラン村へ差し入れする分の餃子は、必要以上に羽根を付けないようにしようかな。引っ付いている部分は一つ一つ離しておこう。見慣れない食べ物だし、繋がっていると「何処から何処が一つ?」ってなっちゃうかもしれない。配慮。
「これ、もう持って行っていいやつ?」
差し入れ用のお皿を見て、リコットが聞いてくる。パッと振り返ったら、竈の傍でスープを見ているナディアと、チキンステーキを見ているルーイ以外はもう手が空いている様子だった。あっちへの給仕――というほどではないが、更に雑用を頼んだら頼み過ぎかと思っていたけど。
「うん、お願いできるなら、助かります」
「はーい」
リコットとラターシャが運んでくれて、カンナは、私達の為のテーブルセッティングをしてくれるらしい。
私が何かを言うまでも無くみんなが適切以上に動いてくれるので助かります。餃子の焼き加減に集中できるぜ。――と思ったくせに。働き者の女の子達が見たくてきょろきょろしていて、ちょっと危なかった私です。
「よし、じゃ~食べよっか」
何とか形を崩すことも焦がすこともせず仕上げられた沢山の餃子。私達が食べる分はしっかり羽根付きです。食べましょう。
「餃子はねー、焼くだけじゃなくて、スープとかお鍋に入れても美味しいんだよ」
「あ~、確かに、美味しそう」
その場合は焼き餃子と少し違って、厚めのもちもちした皮にするのが美味しいんだよね。個人的な好みの話ですが。
「でも私、このパリパリしたところが好きだなぁ」
「それはねぇ、私もそう」
餃子の羽根部分をフォークで突きながらルーイが言う。私も頷いて肯定した。だからついつい、焼き餃子を優先しちゃうんだ。だけど女の子達はスープの方を好むかもしれない。一度はみんなで食べてみようという話になった。
私の故郷で馴染みのある食べ物をみんなが楽しそうに食べてくれる様子は、何にせよ癒されるね。
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