第637話

「みんなに包んでもらってるのに、沢山お願いしてごめんね」

 張り切って且つ楽しく調理をしたものの。女の子達に一番大変な作業をさせている事実にハッとした。しかし女の子達は顔を見合わせてから、くすくすと笑う。

「それは別にいいよ。これ楽しいし」

「私もギョーザ楽しいから好き!」

「うん、楽しい。私はあんまり、上手じゃないけど……」

 みんな細かい作業を楽しめるの、すごいなぁ。感心する。なお、ラターシャは私と同じであんまり細かいこと自体は好きじゃない子だ。それでもこの作業は楽しめるらしい。みんなとワイワイ料理するのが好きなのかも。それに歪でも食べられなくなるわけじゃない。気楽に出来るからってのも、あるのかもね。

「それにしてもリコットって、こういうの本当に上手だね」

「んー? みんな一緒じゃない?」

 せっせと次の食材を用意していると、不意にラターシャの声が聞こえて、リコットが不思議そうな声で応じていた。

「あなたほど、全部同じにはできないわね」

 一拍置いて、ナディアが続く。

 調理の合間にちらりと振り返れば、リコットの前に並ぶ餃子はひだの位置が全て統一されていて、寸分のずれも無かった。他のみんなも上手だけど、ひだの位置が数ミリずれることくらいはある。まだ二回目だしね。なのにリコットはこの統一感の中、みんなの二倍か三倍くらい作業が早い。

「優秀な職人さんがいっぱい居て、私が沢山作りたいって言っても叶えてくれて、嬉しいねぇ」

 あんまり褒められても困ってしまいそうなリコットの為に、茶々を入れる形で割り込んだ。助け舟だと気付いたらしいリコットは、軽く肩を竦めて笑っている。

「はは。まあギョーザを食べたいって言ったの私だしね」

「いやぁ、ご要望を頂いた瞬間に私にとっても『食べたいもの』になっちゃってるから」

 もう口が餃子を欲しているんだよね。他のものに変更するのはつらい。

「アキラちゃんの世界では、ソースが特殊なんだっけ?」

「うーん、そうだね、塩辛くて酸っぱい感じ。好みによって、辛いオイルを追加して」

「美味しそう」

 辛いオイルという言葉に即座に反応するラターシャが愛らしい。

「こちらの世界には、無いのでしょうか」

 カンナが尋ねてくる。私はちょっと大袈裟に、首を横に振った。

「分かんない。世界中を探せば、どっかにあるかもしれないけど。……カンナは、醤油とかソイソースって聞いたこと無い?」

 無いだろうなーと思いながらも、一応尋ねてみる。多くの食材やソースの名前が元の世界と違うから、これだけ同じ名前で存在しているなんて奇跡、あるわけがないんだよな。案の定、カンナは目を細めて記憶を辿った様子ながらも、「存じません」と申し訳なさそうに告げた。でも優しいカンナはそれだけで終わらせようとはしなかった。

「ソースの色や質感は、どのようなものですか?」

 ともすればこのまま御実家にまで心当たりを問い合わせてくれそうである。微かな期待を胸に、私も詳細を説明することにした。

「色は黒……いや濃い茶色だね。コップに注いだらほぼ黒ってくらい濃い」

 平皿に薄く垂らせば茶色だと分かるんだけど、ボトルに入れたら黒く見える。あ、でも薄口醤油の中には透き通った茶色のものもある。色の濃さは種類によるという説明も軽く付け足した。

「質感は普通の水と同じくらいサラッとしてて、私の世界では『大豆』って名前の豆から作られてたんだ」

 具体的には大豆と小麦と塩が主原料で、発酵させて作る。それを絞るだかすだかで出てきた液体が醤油になる――はず。説明していると明らかになるが、細かいことは何も分かっていない私である。

「大豆は蒸して、小麦は炒ってるって言ってたなぁ」

 小さい時に行った工場見学ではね。ただあの時は多くの工程を機械が行っていたから、詳しいことが分からない。流石に子供向けの説明で全ての工程や注意点は言わないだろうし、説明の全てを私の記憶力で思い出してみても全容が分からないのだ。

「大豆を発酵させて作る調味料には他にも『味噌』っていうのがあって、これは粘度の高い土くらいの硬さで」

 こっちは大豆と塩が主原料だったかな。最後に絞る工程が無くなるね。

 私の分かる範囲のことを一通り説明し終えた頃。カンナはしばし沈黙し、何かを考え込んでいた。

「……ある、気が、いたします」

「えっ、ほんと!?」

 私は目を輝かせた。でもカンナは何故か、申し訳なさそうな顔をする。……嫌な予感がした。

「アキラ様の仰るものと全く同じではないかもしれませんが、マディス王国で作られている可能性がございます」

 あ~~~マディス王国か~~~。

 此処、ウェンカイン王国から見れば完全な敵国である。だからカンナもその調味料については噂として知っているだけで、詳細が分からないと言った。

「かの国については、貴族の中でも教育課程でほんの少し触れられる程度で、詳しく知る者はほとんどおりません。ただ、交易が全く無いわけではないのです」

「ああ。そういえば――」

 言葉途中で、私は一度、ナディア達の方をチラッと見た。彼女らは突然の視線に不思議そうな顔をしていたけど、話を続ければ理由は察するだろう。何も言わず、カンナに視線を戻す。

「王様に処理しろって命令した麻薬。あの主原料って、他の国から輸入されてるって言ってたよね。あれって、マディス?」

「はい。マディス王国の西端にある森でしか採取されない、特殊な薬草だと聞いております」

 薬にもなるから輸入を止められないって言っていた。原料は薬草だったんだね。

 さておき。その薬草以外にもマディスから輸入しているものは沢山あって、且つ、こちらからも色々と輸出をしている。つまり二国は完全に断絶されているわけではないらしい。

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