第636話

 オルソン伯爵へ相談する手紙内容はモニカに一任するとして。

「あとはそれを、どう届けようか」

 転移魔法はごく一部を除いて秘密にしている為、直接送るならスラン村の近くからじゃないとおかしい。しかし、その辺のごく平凡な街から送ったとして。伯爵様の元に、無事に届くかねぇ。

 私の懸念はモニカにも正確に伝わったようで、少し考えてから彼女は「こればかりは陛下に依頼するのが確実でしょうね」と苦笑した。

 モニカの生存は、貴族らには広く伝えられた。だが前触れなく『モニカからの手紙』が届いた場合、信じて封を開けてもらえるかは甚だ疑問だ。オルソン伯爵本人の手に渡れば念の為に中身を確認してくれるかもしれないし、過去の手紙が残っていれば筆跡でモニカのものと分かるだろう。ただ、『その辺から届いた』場合と、『王家から届けられた』場合では信頼の度合いがまるで違う。

 ということで。私が王様に命じるのが確実だね。

「まあ、最初から隠れてやり取りすると何処かで角が立つかもしれないし、今回は王様を通そうか。『その内直接やり取りすると思うけど、いいよね~?』って微笑んでくるね」

「ふふ。アキラ様からそのように仰られてしまえば、了承以外はできませんね」

 なお真面目な話をしている間、リコットは机の下で私の手を握ったり撫でたりして熱心に遊んでいらっしゃる。私も時々握り返すなどで応じていた。愛しい。

 閑話休題、モニカがお手紙をしたためてくれたら私が預かり、王様に届けさせるということでこの会議は一先ず終了だ。

「了解。じゃあ手紙を――、あ、そうだ便箋。私が持っているもので良ければ、好きに使っていいよ。カンナのお父さんにもお手紙を出すんだよね?」

 言いながら、手持ちの便箋を全部出した。八種類あった。念の為、インクとペンも。

 スラン村でも紙やインクは作られていて、書くこと自体は全く困らない。だけど市中で商品として出回るものと比べるとやはり少し歪だ。伯爵位の人にお手紙を出すにあたって、モニカよりも従者さん達の方がそれを憂えると思ったのだ。

 案の定、従者さん達は勢いよくお礼を言って熱心に便箋、インク、ペンを選んでいた。モニカも恐縮はしつつ断る様子は無かったので、相手が相手だけに、彼女でも流石に気になってしまう部分なのだろう。

 なお、今回は私の要望をお手伝いしてもらう話だから、便箋と筆記具は今後にも使えるようにと多めにプレゼントすることにした。本当は依頼料としてお金も渡したいところなんだけどね。それは逆に、「村にとっても良いことですから」と言われてしまったのである。痛み分け。

「じゃあまた、手紙が出来たら教えてね」

「畏まりました」

 話が終わったので辞去しましょう。カンナとリコットを連れて出た。そしてリコットはよく分からないけどずっと私に引っ付いている。可愛いねぇ。

「何の話だったの?」

「あぁ、風鳩の準備の件だよ」

 モニカと相談していた内容を伝える。リコットからは「あー」と柔らかな相槌が返った。いつもより甘えん坊な感じはするが、ほとんど普段通りのリコットである。

 自分達のテントへと向かいながら不意に空を見上げたら、夕暮れの気配を感じる色がほんのりと見えた。もうそんな時間か。

「そろそろ夕飯の時間だねぇ。リコ、何か食べたいものある?」

 こんなことでご機嫌が取れると本気で思っているわけじゃないけれど、あわよくば、少しでも上昇して頂けると助かるなぁ、なんて。邪な思いを抱きつつ隣の彼女を見つめれば、リコットはきょとんと可愛い顔でこちらを見上げて、「んー」と小さく唸った。

「じゃあ、あれが食べたい。えーと、ギョーザ?」

「おお。うん、材料は大丈夫だね。そうしよう」

 私が以前一度作って、みんなも喜んでくれた餃子。此方の世界では今のところ見ていない。

 醤油に似たソースが無くて酢醤油が作れないのが個人的には寂しいんだけど。各々の好きなソースで食べてもらうという自由な餃子パーティーをするのだ。餃子にもしっかり味を付けてあるからそのままでも美味しい。

 副菜にはスープと適当なサラダと。うーん、これだけじゃ物足りないから、チキンステーキも作るか。勿論これは私の胃袋を基準にした『物足りない』だけどね。

「餃子は一つ一つが小さいし、村のみんなにお裾分けするのにもちょうどいいね」

「あはは、確かに。っていうかお裾分け、毎食やるの?」

「そのつもりだよ~」

 私の返答に、リコットが眉を下げて笑う。だってお裾を分けするのが私はとっても楽しいからねぇ。

 さておき村のみんなの分も用意するなら大量に包まなきゃいけない。早めに準備に取り掛かろうかな。

 テントに戻ると、リコットに引っ付かれている腕をナディアが一瞥した。緊張したものの、特に何も言われることは無かった。ふう。セーフか。

「これくらいの量を、この辺りに置いて――」

「はい……こう、でしょうか」

「そうそう。上手」

 餃子を大量に作るのは大変なので全員で作ります。ルーイとラターシャが、餡を皮に包む方法をカンナに教えていた。教える側も教えられる側も愛らしい。

 一方、私はせっせと餃子の皮を量産しています。出来た順に、みんなが包んでくれている。

 私は包む作業があまり好きではない為、その辺りは全部みんなにお任せ。皮の生成が終わったら別の調理に入る予定。

 いや、前回は勿論私も包んだんだよ。みんなにも教えなきゃいけないし。だけど次第に私の表情が死んでいくのを見たみんなが「この作業、嫌いなんだね」と笑い、残りを請け負ってくれた次第です。しかも今回はやらなくていいと言ってくれたのである。此処には天使しか居ない。

「よーし、こんなもんかな」

「これ何個分?」

「二百個ちょっと」

「……誰が何個食べるつもりなのよ」

 呆れていらっしゃるが、まあ、大量に食べるのはいつだって私だ。

「とりあえず半分焼いて、足りなかったら追加で焼く予定だよ」

 私の魔法で瞬間冷凍も出来るから、余るようなら後日に持ち越してしまえばいい。それに、スラン村は十九人。一人いくつ食べるかで、必要数が大きく前後する。五つくらいは食べてもらって大丈夫ですよーと思いつつ、これはお裾分けであってメインじゃない。流石にそんなには入らないだろう。私じゃあるまいし。

 この森はエルフの里の結界の影響もあってかなり豊かで食材が豊富だから、みんなは毎食きちんと食事を取れている。つまり私があげているのは、ただのおやつ。まるで必須な食事ではないのだ。だからこそ私がせっせと用意することを、女の子達もスラン村のみんなもやや不可思議なものを見る顔をしているんだよね。諦めてくれ。此処の領主は人にごはんを食べさせるのが大好きなので。

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