第635話_風鳩会議
テントの入り口の布が揺れたのを敏感に感じ取って振り返る。全員の視線が集まったことに、出てきたナディアは一瞬だけ目を丸めたけど。表情はすぐに厳しいものに戻り、真っ直ぐに私の方へと歩いてきた。ひえぇ。
「や、やっぱり私のせいでしたか……?」
情けない顔になっているのは自覚していた。その顔を見て微かにナディアも溜飲の下がる顔をしたように見えたが。可愛いリコットに関して甘くしてくれるはずもない。「そうね」と冷たく肯定したナディアが、私の頭頂部をぽかりと小突いた。
「うう」
痛くはなかった。だけど、心が痛い。私は頭を抱えた。
「あの子から近付いてくるまで、あなたは近付かないでね」
「ええっ」
厳し過ぎる言い付けにショックを隠し切れず声を上げたが、ナディアは冷たく一瞥だけをくれて私に背を向けた。そのままテントに一番近いテーブルへと移動している。練習用の
仕方なく私も、作業をすべく別のテーブルへと移動した。
後回しにしていた図面の製図でもやろうかな。テーブルに紙を広げながら、重い溜息を吐く。
一体私はリコットに何をしてしまったのだろうか。と思う反面、話の流れから、ナディアに叱られた件と同じかもしれないとも思う。
リコットは、私の怪我も嫌なんだな。ナディアを想う気持ちと同じとはやはり思わないが、それでも。いや、もしかしたらナディアの件で過敏になっていたところに私がばかをやったから、余計に癇に障ったのかも。
……ハァ。また溜息を一つ。
「カンナ」
「はい」
私が移動する度に小まめに移動して傍に居てくれているカンナは、振り返らなくても近くに居ると分かるし、呼ぶと必ず返事をくれる。嬉しい。
「私を慰めるお茶を淹れて」
「畏まりました」
え。ひどい無茶ぶりをしたのに、微塵も迷いのない了承が返ったんだけど。
流石にびっくりして思わずカンナの方を見たが、もうお茶の用意に離れた後だった。その後十五分ほどで、甘い香りと共にカンナが戻ってくる。
ミルクティーだった。これは確かに優しさを感じる。作業の手を止めて、早速ひと口。まろやかな茶葉だ。しっとり奥から出てくる甘みは、カンナお気に入りのあのブランデーかな。ホッとして、身体の力が抜ける。すごく慰められている感じがした。添えられているお茶請けも私の好きなチョコレートだし。カンナが一生懸命、私を慰めようとして考えてくれた気持ちが伝わってきて幸せ。
「いつもありがとうね、カンナ」
「とんでもございません」
淀みなく当然のように応えてくれるそれが心地よくて、ちょっと元気になった。単純なことだ。
そんなこんなで夕方になると、私はモニカの屋敷に居た。風鳩の飼育についてのお話し合いだ。
まず、何処かから風鳩の卵を譲ってもらうのが第一歩。
風鳩は知識さえあれば人の手で卵を孵せるそうで、しかも、この村にそれが出来る人が居るらしい。うちの村人は本当にすごいのである。いや私は棚からぼたもちを得ているだけなので自慢する立場にはないんだけどね。
閑話休題、だから風鳩の成鳥を用意して卵を産ませるよりは卵を貰うのが一番手っ取り早い。そして飼育環境に必要な苔も、あるものを貰って増やさなきゃいけないって。そりゃそうだね、急に生えてはこないよな。
ということで今は、何処にそれをお願いするかということで、会議中である。
「一番簡単なのは、やっぱり王様だねぇ」
「そうですね、アキラ様の為であれば、即刻ご用意して下さるでしょう」
「モニカの為でも、同じことだよ」
二人でちょっと笑い合う。彼に頼むのはそんな訳で確実だし、私が『転移魔法』を隠さずに取りに行けることも考えれば一番早い。
次の候補は、カンナのお父さん。伯爵位の方が支援を惜しまないとまで言ってくれているのだから、ここで甘えるのも礼儀の一つかなと思う。
ただ、私達にはもう一つ候補があって、それがオルソン伯爵だ。
モニカが元領地を引き取ってもらいたいと願った、隣接する領地の長。
きっと唐突に領土が広くなって今は大変な想いをしているだろうけど、彼が貰ったのは元『侯爵領』だ。おそらく現伯爵の中では最大の領土を保有することになったはず。しかも何かの功績によるものではなくて、モニカの一存で決まった。当時助けられなかったことを悔やんでいる可能性を思えば、もしかしたら一番、モニカに何かしてあげたいと切望している人かもしれない。
「本音を申しますと、風鳩の件でやり取りをするついでに近況もお聞きしたいのです。王家からの情報に偏るのも、あまり」
「それもそうだね」
王様にばかり頼って王様からの話だけを聞くのは危険だ。カンナの生家とはカンナが繋いでくれるから、最低でもあと一つか二つは別の場所の目と耳が欲しいと思うのは分かる。
何より、政治的な意味を抜きにしても。昔馴染みと連絡を取る理由をモニカにあげるっていうのも、悪くないかなと思うわけで。
「分かった。じゃあ第一候補がオルソン伯爵。第二候補に、カンナのお父様かな」
隣に控えるカンナが「いつでもご指示ください」と頭を下げる。
多分どちらかは応えてくれると思うけど、色んな事情からどちらも難しいようだったらいつも通り王様にさせればいい。どう転んでも私達の願いは叶いそうだ。
こうして依頼先について話がまとまった、その時。小さな鈴が鳴って、従者さんが玄関の方に行った。そして戻ってきたら、リコットを連れていた。びっくりして目を瞬く。
「どうしたの?」
「んー、起きたらアキラちゃんが居なかったから、顔見に来ただけ。お話続けていいよ~」
そう言うとリコットは私の隣に座り、のしっと肩に凭れてきた。何だかよく分からないが。頭が近くにあるので愛を込めてよしよしする。
あれ、これは触って大丈夫だよね? リコットから近付いて来たよね、うん。後でナディアさんに知られて怒られないことを祈る。とりあえず、リコットは大人しかったので、大丈夫そうかな。
モニカは妙に楽しそうに微笑みながら、そんな私達を見ていた。
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