第631話

「『杖』と『魔道具』って、何が違うの?」

「おお。良い質問だねー」

 ラターシャを撫でよう撫でよう。嬉しくてうりうりと撫で倒していたら「もういいから教えてよ」と唸られた。まだ十五秒くらいしか撫でてないのに。

「似て非なるもの、だね。つまり違います」

「その心は」

「はい」

 早く話せって圧力を感じる。みんなせっかちなんだから~。口に出したら一瞬で嫌われそうなので飲み込んで、ご要望通りに――しないのが、私である。

「じゃーみんな。魔道具の材料、思い付くものをどうぞ!」

「ええ?」

 怒られるかなと少し思ったが、クイズ形式が楽しく感じたのか、みんな一斉に考え込んでいる。可愛い。ちなみにカンナは考える様子も答える様子も全く無い。おそらく正解を知っているから、発言を控えているんだろうな。育ちのいい彼女らしい配慮である。

「木材、金具」

「鉱石、あっ、アキラちゃんの魔法石!」

「あれは一般的じゃない気もするけれど……、インク」

「え、他にもあるかな、うーん、布製魔法陣も魔道具なら、布?」

 順々に答えてくれて可愛いねぇ。私はニコニコしながらそれぞれの言葉に頷いた。

「うんうん、全部正解。それでは私の魔法石を除いて、その中に魔力を帯びているものは?」

 一瞬で、みんなは私が言わんとする答えを察した顔をして、声を揃えて「無い」と言った。みんな賢くって最後まで告げる必要すら無さそうだが。もう分かったよね~ってこのまま黙ったら怒られそう。

「そう。『杖』は元より『魔力を帯びている物』を加工して作られる物で、魔法陣を描かない」

 その代わり、「こういう性能を持つものを作ろう」と明確な目標通りに作ることが難しい。既に何か素材があって、それを元に調整する感じ。素材の特性をたくさん知っていたら「こういう物を作るなら、あれを使えば出来るかな」という取っ掛かりには出来るけど、絶対に思い通りになるわけじゃないし、毎回そんな都合のいい素材にも出会えない。

 一方、魔道具は最初から最後まで自分で設計して作れる為、かなり自由度が高い。

「だから十中八九、魔法の杖の主材は『魔物』だよ」

「え」

 あれ? もうみんな流れ的にこの結論に行き着いていると思ったのに、カンナを除いて全員が固まった。

「待って待って。アキラちゃん、私の杖、木製だったよ? あとは何か、綺麗な石」

「樹の魔物いるじゃん」

「居るぅ……」

 リコットが頭を抱えちゃった。もう死んでいるんだから元が何でもいい気がするけど。抵抗があるものなんだなぁ。まあいいか、続きを説明しちゃおう。

「つまり杖は、魔物の『魔力回路』を使ってるんだよ。だから魔法陣が要らない。自分で魔法陣を描かず、素材の特性から機能を作りだしているのが『魔法の杖』だね」

 私がリコットとナディアにあげた杖も魔法陣の描けるような場所は全く無かった。みんなもそれを思い出したのか、宙を見上げながら揃って「なるほど」と頷いている。可愛い。

「なら私の杖の元になった魔物は、ああいう、熱の壁や鎖鞭を出したのかしら?」

「近いものはね。ただ、君らの持つ杖はどっちも少し回路を弄って道具として使いやすい形に整えてあるようだから、全く同じではなかったと思うよ」

 鉱石などが埋め込まれていることが、一番分かり易い『弄っている』部分になる。魔力伝導率の高い鉱石で通り道を作って、少し道を変えることでほんの少し違う機能にしたり、付加価値を付けたり。力を増幅することや逆に制御することも、多分できるね。

 安い杖なら素材の持つ特性をそのまま使ってるだけ、あるいは少し持ちやすくしてある程度だが。二人にあげた杖は流石に超上級の知識を持つ職人が弄っていると思われる貴重な品だ。魔力回路まわりは本当に難しいからね。

「ちなみにラタの弓も同じだよ」

「え、あ、風属性の……」

「そう」

 魔法の杖だけじゃなく、武器もそのように魔力的な特性を持たせることは出来る。そういうのは基本的に、魔物が素材になっているようだ。

「それで思い出したけど……カンナのあの武器って、魔法が付いてるの?」

 急に水を向けられたカンナがきょとんとしてから、「そうですね」と言い、私の方を窺う。

「カンナが構わないなら、話していいよ」

 これ以上カンナの能力を隠しておく必要も無いからね。私の言葉にカンナは一つ頷いて、収納空間から愛用の棍を取り出した。

 全長はカンナの身長より頭一つ分長いのだけど、今は四分の一だ。普段は折り畳まれていて、戦う時に組み立てる仕組みになっている。

「そう、それ。急にパタパタ~って小さくなったし、落ちて転がってった鞘もすぅ~って寄ってきたからびっくりしたんだよね」

 リコットの表現が可愛い。

 彼女が語っているのは、騒動の日にカンナが武器を納めた瞬間のこと。

 警備が来た時に私が納めろって指示したら、カンナは武器を突然四つ折りにした。同時に地面に転がっていた鞘も武器へ吸い寄せられるようにして刃物部分を隠した。周囲はぎょっとしていたものの、カンナが無表情のままそれを片付けたので問い損ねたようだ。

「術と言いましても、既にお見せした変形だけでございます。切り替え時に魔力を必要とするだけですので、魔力消費はほとんどございません」

「へえ~」

 私も詳しいことは聞いていなかったので一緒に相槌しながら聞いた。

 つまり機能は折り畳んだり真っ直ぐにしたりする変形と、鞘を着脱する変形だけ。使っている間ずっと魔力を使うわけじゃないから、魔術師でもない人が使うには確かに向いている武器だ。大体、カンナは本来侍女であって、武器を持って歩く必要は無い。折り畳んで収納空間に入れておけるっていうのは大事なことだよね。真っ直ぐの状態じゃ流石に大き過ぎて、カンナの空間内にも収まらないのだろう。

「でも王宮で武器って携帯できるの?」

「そもそも、収納空間に隠してないって証明するのは難しそう」

 リコットとラターシャの言葉に「確かに」と私も呟く。この世界の誰にでも扱える魔法である『収納空間』は便利だが、便利すぎる。

 店内では収納空間が扱えないような封印が敷かれていることが多く、それが流布する程度にはかつて問題になっていたのではないだろうか。対象がレベル1の生活魔法だから封印も容易くて幸いだったよね。

 さておき。王宮内にそのような封印は感じていない。私が好き勝手に使っていたのは、私に封印が効かないとかそういうことではない。対象を限定された封印は流石に私にも効く。場合によっては封印の方が焼き切れるだろうが、そんなことがあれば間違いなく手応えを感じて、気付いたはずだ。

 ところが、みんなの疑問の視線を受けてしばし沈黙したカンナは、回答を渋っているように見えた。

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