第630話

 ここで、残念なお知らせ。頑張って工作していたら、割とすぐにやることが無くなってしまった。

 私はやる気を出すとめちゃくちゃに没頭してしまうので、作業が進み過ぎたのだ。しかも細かいところ以外は魔法を使ってズルが出来てしまう為、本来であれば終わらないはずの作業が次から次へと終わっていく。各屋敷の浴槽、バイオトイレ、かまど、全ての照明の外装。

 照明は彫刻板を必要とする魔道具だから、リコットに任せているものが終わってからの組み立てになる。今は部品のままで放置だね。

 また、お風呂について。以前考えていたお湯でシャワーを出すってのはまだ構想の段階なので作っていない。ただし浴槽に張った水をお湯に変える魔道具は、取り付けようと思っている。魔法札に出来ているんだから、魔道具への転用も容易いのだ。しかしこっちも、彫刻板が必要で……うん、ちょっとリコットの負荷が大きいよね。でもあの可愛い警察官、私が勝手に触ると怒るんだよねー。まあ、急いでないから、置いておいて別のことをしようかな。

 仕方なく、私は別の小さいテーブルと椅子を出して、彫刻板に集中しているリコットから少し離れた場所で別の工作を始めた。

 少しするとリコットも私が何かしているのに気付いたらしく、此方を振り向く。隠れて彫刻板をしていないかチェックされた気がします。すぐに視線を逸らしたのは、やっぱり彫刻板でないことが明らかだったからだろう。でも彼女は私の手元を二度見して、何だか嫌な顔を浮かべた。

「なにその奇妙な……大人のおもちゃみたいなやつ」

「ち、違っ、やめてくださいリコットさん! 子供が居るんですよ!?」

 今日はラターシャとルーイも近くでのんびり過ごしていた為、私は大慌てで否定した。その慌てぶりが楽しかったらしくてリコットとルーイは堪らない様子で笑っていて、ナディアも口元を押さえて堪えていらっしゃる。しかし一番心配だったラターシャはきょとんとしていた。よし。意味が分かってない。よし。

 ちなみに私の傍で待機している侍女様は、無表情でじっとみんなの様子を見ているだけ。しかし、多分だけど、ちゃんと意味が分かっている気がする。何処で覚えたんだ。教育に悪い。

「は~、笑った~。で、それなに?」

「これはねぇ、ナディにあげるやつで」

「え、要らないわ」

「最後まで聞いて!?」

 酷い扱いを受けて抗議をしているが、更にみんなは笑うばかりだ。くそう、可愛いから許されると思っているだろう。可愛いから許す。一瞬で溜飲が下がった私は一つ息を吐いて、回答を続けた。

「これは、当たっても怪我しない練習用の鎖鞭」

「……あ~! なるほどね?」

「ごめんなさい、それは欲しいわ」

「知ってますー」

 口を尖らせながら引き続き私は工作をする。もにもに。

 柔らかめの縄のロープに、等間隔に石を取り付け、それを弾力のあるクッションで覆う。ある程度の重さが無いと鎖鞭と使用感が同じにならないけど、石が間違って当たると怪我をしちゃうからね。もにもに。

 黙々とまた工作していたら、ふわっと甘い香りがして。顔を上げればすぐ横にナディアが立っていた。

「……ごめんなさい、ちょっと揶揄からかいたかっただけなの」

「え、あ、いや。怒ってないよ」

 私が黙っちゃったから拗ねたと思ったのかな。手元に集中していただけですよ。

 すぐにそう答えたんだけど、ナディアは私をじっと見つめて微かに首を傾け、指の背で軽く私の頬を撫でた。

「な、なに? 本当に怒ってないよ?」

 繰り返し言えば少し間を空けてから「そう」と言って、最後に私の頭をよしよしと撫でて離れて行く。何だったんだ猫ちゃん……なんか色々撫でられて私は嬉しかったけども。ええと。とりあえず、続きをやるか。

「よし、後はこれを、こうして」

 ナディアが扱う予定の『熱の鎖鞭』は、位置的には手の甲辺りから出てくる。そういう形状も揃えなきゃ練習にならないということで、以前に買っておいた安い皮製の籠手にさっき作ったおもちゃを取り付けるのだ。ごりごり。絶対に外れないようにもしなければならない。安全第一。

「できた!」

「どれどれ~? あ、ちゃんと腕に装着する形だよ、ナディ姉」

「本当ね」

 女の子達がわらわら来た。女の子に囲まれるのって、何となく幸せ。

「あはは、やわらか~」

「これなら、当たっちゃってもそんなに痛くないね」

 だが当然、おもちゃが私の手からリコットの手に移り、彼女が私から一歩離れると女の子達もそちらに移動する。分かっていたけど。心に吹きすさぶ孤独の風よ。

 さておき。みんながクッション付きの石をもぎゅもぎゅして遊んでいる様子は愛らしい。それ、触りたくなるよね。ゴムボールよりは柔らかく、スポンジよりは硬いくらいの素材を使っています。

「室内ではだめだけど、今は外に居るからね。あとでまとを作ってあげる」

「着けてみてもいいかしら」

「もちろん」

 今後は自分で着けるだろうし、着け方だけ教えて手伝わずに見守った。片腕でちょっとやり難そうにはしていたが、慣れたらサクッと着けられそうだね。

「重い?」

「いいえ、思ったよりは。あの鎖鞭はこれくらいの重さなの?」

「うん、私の感覚ではね」

 本物の鎖鞭は金属だろうから、きっともっと重い。

 でも『熱の鎖鞭』は魔法で具現化されたもので、鉄ほどの重さは無かった。重さで攻撃するのではなく、熱で攻撃する武器だからだと思う。重さは術者が動きをコントロールする為の最低限ってところかな。なお、実際の物質ではないせいか測定魔法が使えず、正確な重さは分からなかった。感覚で作った次第である。出している長さによっても増減するかも。

 私がつらつらと説明していると、ラターシャが首を傾けて、ちょっと考えてから、また違う角度に傾けた。その動き可愛いね。みんなが見守っているのも気付かずに目を何度か瞬いた後、ラターシャは「そういえば」と呟いた。

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