第629話

「この村はどう? カンナ」

 ベッドに横になってから、そう問い掛ける。毎度のことながら唐突で脈絡のない私の質問に、カンナは二つ、瞬きをした。愛らしさに笑みを深めてしまうが、流石に言葉足らずなのでもう少し補足しよう。

「私が移住したら、君も住むことになる。戸惑ったこととか、嫌だなぁって思うことは共有してくれたら、対応しやすい」

 折角の住処の居心地が悪いなんて、悲しいからね。

 ただ、私や女の子達にとっても新しく感じられる素朴なスラン村での生活は、カンナにとったら本当に未知の世界であって、今までの貴族生活とは掛け離れる。勿論そんな状況でも不便を感じさせないよう、カンナに対しても女の子達に対しても私が全力で努力をする所存ではあるが、気付かない範囲はどうしようもない。そういうものを、早めに教えてほしいのだ。

 私の言葉を受けて、カンナが小さく頷いた。

「……皆様がアキラ様に温かく、落ち着く雰囲気の村だと思いました」

 初っ端から私の話になっちゃったな。カンナらしいけど。

 普段、カンナは私と一緒に街へ出る時、周りを少し警戒してくれている。今日も村の中で警戒心を保っていた。だけど今日一日でみんなが私の味方だってことが理解できて、安心して過ごせる場所と思えたらしい。

「また、私は今まで『既に完成しているもの』しか見たことはございませんでした。アキラ様との生活を始める前は、料理すらも」

 何となく予想ができた話の続きを思い、胸が温かくなって少し目を細める。この子の頭と心の柔らかさは、尊敬するばかりだね。

「一つずつ作り上げていくことの労力と時間を、感じ入りました。知識としては存じておりましたが、机の上で学んだことに、これほどの感動はございません」

 カンナは元より広い視野を持って物事を考えられる子だし、平民だからって見下すような意識は微塵も感じない。それでも、生きてきた世界は貴族社会の中だけだ。肌で感じることの無かった経験は、キリが無いほどにあるだろう。

 それは私だって同じ。農業体験みたいなことは学校で少し関わっていても、作物を一から自分で育てたことなんて一度も無い。人が住む為の建物なんて以ての外だね。

「此処は閉じた村だから、少し特殊だけど。でも本当に、逞しい村だよ。私も初めて知った時は感動した」

 しかし領地だと伝える為に訪れた時、何も無い村だと見下すような言い方をしてしまった。改めて思い出して、苦い気持ちが浮かぶ。今日初めてこの村を見た貴族令嬢のカンナが、最初からこの村の凄さを理解できているのにね。本当に恥ずかしい。

「この村の方々を尊敬いたします。モニカ様を守り続けてきた忠誠心も、生き抜けるだけの知恵の多さも、精神の強さも」

「うん、そうだね」

 スラン村の人達は三年前、唐突に今までの全てを奪われて、まるで世界が敵になったかのように逃げ出さざるを得なくなった。

 しかし廃村だったこの場所に辿り着いたところから、こんなにも立派な村を作り、目の見えないモニカを守って生きていく覚悟を決めるなんて。心を壊しても当然と思える状況で、彼女らは地に足を付けて立ち、自分達の力だけで生き抜いてきた。

 彼女らの凄さを、凄いなんて簡単な言葉で表すことすらも失礼だと思う。

「嫌だと思うことは、今は何もございません。住んでみなければ分からないことは勿論あるでしょうが……しかし、もし不便だと思ったとしても。悪感情を抱くのではなく改善していけば、この村が豊かになる一助になると思います」

 カンナの言う通りだ。私達が快適に生きる為にこの村を改善していくことは、回り回ってこの村のみんなの助けにもなるかもしれない。

「村のみんなは不便に慣れちゃってるからね。私達が気付いたところから改善して、楽をさせてあげたいよね」

「はい」

 返事には何処か嬉しそうな色が混ざっていた。モニカを慕っていたようだし、モニカの為にもなると思えば、嬉しいんだろうな。だから何か気付いたことがあったらいつでも教えてくれと伝えて、その日は就寝した。

 そして翌日、スラン村滞在二日目の朝。

「ふわ~。あ、ケイトラントおはよ~」

「おはよう」

 いつも通り一番に起きて欠伸しながらテントを出る。門番のケイトラントに手を振ったら、彼女はちょっと笑って挨拶を返してくれた。

 ケイトラントに起き抜けに『おはよう』って言えるのも楽しいねぇ。此処に住んだらそれも日常になるんだよな。楽しみだ。

 さて、朝ご飯は何にしようかな。鳥肉と野菜と香草を包み焼きにするのがメインで、あとは適当にパンとサラダとスープを作ろう。

 普段の調理では女の子達がお手伝いしてくれるけど、朝はほとんど私が一人で作っちゃう。みんなが起きる前に私が調理を始めてしまうから、起きた頃には作業自体があまり残っていないせいだ。たまに洗い物や配膳を手伝ってくれるくらいかな。

 全員が起きてから調理しろと言われたこともあるんだけど、寝惚け顔でテーブルに着く女の子を見る幸せというものがあるので断固拒否した。無駄に熱い私の主張に、みんなが折れてくれた形である。

 それに、寝惚けた状態で台所に立つのは危ないんですよ。みんなは頑張り屋さんだからママは心配なのです。というママポジションは、最近のブーム。

 下らないことを一人考えながらも女の子達の朝食を整え、スラン村にもお裾分けをして、のんびりと朝を過ごしていると。

「――アキラ様、お食事中にすみません」

「おはようヘイディ。どうしたの?」

 食事中というか、もう食べ終えてティータイムに入っていたけれど。礼儀正しく頭を下げたヘイディが傍に来た。

「昨日入れて頂いた資材に、釘が二種類、入っていたのですが……」

「あー、伝えるの忘れてた」

 依頼のあった資材は昨日、倉庫の指定の区画に入れて、「内容の確認と支払いはいつでも良いよ~」と雑に任せていたのだ。夜の内に確認した際、私が勝手に持って来た二種類の釘に気付いたらしい。

「お願いされたものを工務店で頼んだら、店主に柔らかい釘だよって言われてさー」

 つらつらと二種買ってきた経緯を話せば、ヘイディは私の言葉に納得した様子で頷いて笑った。

「当初の依頼のもので間違いなかったのですが、無用にご心配させてしまったようで申し訳ございません。それと、もう一種の方もこのまま買い取らせて頂いて宜しいでしょうか?」

「構わないよ。あっちも使えそう?」

 ヘイディが頷く。丈夫な釘はスラン村にもまだ十分な数があるのだと言うが、どうせ持ってきてくれたなら補充してしまった方がまた頼む手間が省けるからって。そっか、前にヘイディをジオレンに連れて行った時に釘とかは結構買ってたもんね。あれは丈夫な方の釘だったんだな。

 そういうわけで、釘は二種ともお買い上げして頂くことで合意した。安心した様子でヘイディが離れて行く。

 何だか彼女の背中を見ていると、自分も頑張らなくてはという気持ちになるね。この村を作ってくれた姉妹の一人。立派な人の背中である。

「今日も張り切って工作しよっかな」

 ティータイムを終えた私はそう呟き、とても精力的に工作に取り掛かった。

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