第628話_昼食
裏手から正面に回り込み、改めて見つめたカンナの屋敷。こちらも素人目には完成しているように見えた。私の屋敷同様、仕上げ段階に近いのかもしれない。
「うん、いいね。イメージ通りだ。侯爵家お抱えの大工さん達はすごいんだなぁ」
元々の技術が高い上に、こうしてスラン村を作り上げるという過酷な環境で場数を踏んだルフィナとヘイディ。彼女らは色んな技術と経験を持っているんだろうな。
「素敵なお屋敷です。改めて、嬉しく思います」
「それは良かった」
壁には触れぬようにと気を付けつつ、内部を見て回る。扉はまだ一つも付いていなかったから、壁を含め何にも触らないようにしていても、ちゃんと全部屋が回れた。とは言え、カンナの屋敷は大きめのワンルームだ。メインの部屋以外は物置と浴室とトイレだけ。
「此処は、まだか」
ぐるっと内部を見て回った後、正面玄関の左側にある扉枠の前に立つ。
私とカンナの屋敷は繋いでもらう予定だが、一枚扉にしなかった。カンナ側の扉を開いたら短い通路。屋根も壁も付ける予定の本当に小さい空間だ。その中に二段の階段があって、先の扉をもう一枚開いたら私の家のリビングになる。ただし今はまだ扉も階段も壁も無い。ふむ。この状態も今だけだから、記念に此処から出ましょう。カンナも後ろから付いて来た。
「私は、この場所の仕上がりが最も楽しみです」
「はは。カンナらしいね」
これは侍女としての出入り口になるんだもんね。彼女にとっては肝要だと言うことなんだろう。
「じゃ、気を取り直して私は工作しようっと。カンナも楽に控えてていいよ」
「はい」
見学が終了したのでテント傍に戻る。いつの間にかナディアとリコットも居なくなっていて、振り返ったら自分達のお屋敷の近くに居た。同じく見学に行ったようだった。
みんなあんまり気負わず伸び伸びと村の中で過ごしてくれているみたいだね、安心して作業できます。
まずは魔道具用の彫刻板を一気に作ることにしよう。そう思って私が木の板を切り出し始めたところで、「あー!」という声がやや遠くで聞こえた。
「私の居ない時に彫刻板つくってるー!」
敏感過ぎる。リコットはこれから彫刻板の警察と呼ぼう。下らないことを考えつつ、苦笑を浮かべて振り返った。
「リコが暇な時に出来るようにって、用意してただけだよ」
「ふーん、じゃあ許す。すぐ来るから、置いといてよ!」
「うん。左のテントの中に積んでおくね」
「はーい!」
見学の途中だった為、また走って屋敷の方に戻っていた。可愛いなぁ。
なお、積むと言ったものの大きなものは数枚しかないし、他は小さいものばかりなので
そして昼食時になると。
「サンドイッチ欲しい人、好きなだけ取ってってね~」
私はスラン村でサンドイッチ屋さんになっていた。いや、売っているわけじゃないから厳密には違うが。
折角こうして私が来ているんだから、いつもよりちょっと贅沢なご飯も食べてもらいたいと思ったのだ。まあ食材も差し入れてはいるんだけど、そもそも私は人に料理を振る舞うのが好きなのです。
最初はみんなちょっと遠慮がちだったものの、レナや大工姉妹が先に食べ、美味しいって言ってくれた辺りで他の人も興味津々に寄ってきた。結果、それぞれ一切れは食べてくれた。うん、大満足。
「こういうのも良いねぇ。夜も何かやろーっと」
お皿を片付けながらご機嫌に呟く。スラン村のみんなはちょっと笑って「ご無理のない範囲で」って言った。ちなみにまだ眠っているケイトラントには多めにサンドイッチを残しておきました。『食べ切れない場合は置いておいて、私がおやつにする』という書き置きと共に。
結局ケイトラントは全部食べてくれたけどね。いっぱい食べる君が好き。
そして住民らの言葉を気にも留めず、夜の炊き出しにはグラタンを作るなど。領主は好き放題に過ごします。でもこれもみんな嬉しそうに食べてくれて大満足だった。
「――あ、全然気付いてなかったや」
そんな風に慌ただしい……いや、勝手に慌ただしくしていた一日を終え、眠るべくテントに入った直後に私はぽつりと呟く。同じテントを使うカンナが傍で、不思議そうに首を傾けた。
「ん、ヘレナから返事が来てた」
何時頃に送られたものだろうか。魔道具はテントの中に出していたものの、今日はずっとお外で楽しく遊んでいて気付かなかったな。
手紙によると、ジオレンの冒険者ギルド支部は今やはり大変な状態であるらしい。ギルド所属者が問題を起こしていると一般市民のみならず町長や警備からも苦情が殺到し、対応に追われているとか。
ただ、一般市民を傷付けるようなことをした冒険者はしばらくギルドで仕事が受けられなくなるルールが元々あるらしくて、今警備に捕まっているようなおバカ達には軒並みその罰が適用されている。そして今後は新たなルールが追加されることになって、『冒険者同士でギルドを介さぬ諍いを起こした者』には、『問題を起こした場所から最も近いギルド支部』に限って仕事を受けられないようにするという。
つまり、何か冒険者の間で問題があるならギルドに申し出て立会いの下で話し合いをする。もしも勝手に争ってしまったら、言い付けられた期間中は別の仕事でもして生きるか、違う街で仕事をしろってことだ。
ジオレンに冒険者が飽和状態になっている現状を思えば良い案だと思った。その罰を受けた一部の冒険者はそのままジオレンを離れるだろうからね。
今回の件はギルド全体の問題と考えたようで、王都にある本部に助けを求めたところ、さっきのルールがギルド支部全体に新しい規律として適用されたようだ。
これで一気にみんなが大人しくなるってことはないだろうけど、効果が出れば次第に落ち着くはず。また今回、一般市民をジオレンに送り届ける為に護衛として移動しただけの冒険者も多かったらしい。結局それは一時的な滞在だし、今みたいに仕事が取りにくい状況では無理に滞在せず元の街に戻っていくだろう。
「あと、一部の冒険者にジオレン内の警備を依頼して、しばらく街中を巡回して治安維持にも努めてもらうらしいよ」
「警備の手が足りていないようにも見えましたので、それならば思っていたより早く落ち着きそうですね」
「だね」
ギルド側はしっかり対応している。そもそも冒険者を御するようなギルドは今までも色んな困難があったのだろうし、多少の『慣れ』があるのかもしれない。何よりギルド支部内だけじゃなく、ちゃんと本部にまで上げて全体で対応している点が組織としての機能の良さだ。ギルドってのは逞しくてすごいね。
「実際に落ち着いたら改めて、連絡をくれるってさ」
私はそう言って、サイドテーブルの上に手紙を放った。急ぎの内容ではないし、ナディア達に見せるのは明日でいいや。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます