第627話

 それで、私の可愛いラターシャとルーイは一体何処に居るんだ。撫でたいのに。

 二人の存在を求めつつ。とりあえず私も女の子達の屋敷が気になるので、見学に行こう。入り口を覗き込む。すると中で、目当ての可愛い二人が床に座り込んでいた。

「何してるの?」

 声を掛けたら二人はパッと振り返って、何だかちょっと照れ臭そうに笑う。

「ううん、何も。座ってると、天井が高く見えるねって……」

 二人に倣って、私も天井を見上げてみる。まだ二階は骨組みだけで、床が敷かれていない。屋根まで吹き抜けになっていた。二階建てだからただでさえ高いんだが、座っていると更に天井が遠くに見えて、二人にはそれが妙に楽しかったらしい。うん、可愛い。撫でよう。

 歩み寄って二人をよしよしよしよしと撫でた。二人は何が何だか分からないと言いながらきゃっきゃと笑った。

「ヘイディと一緒だったんじゃないの?」

「うん、さっきまで。今は何か取りに行くって出て行った。何も触らないように気を付けてって」

「そっか」

 現状この屋敷が一番未完成な状態だから、危ないところは沢山あるのかもね。勿論、子供二人だけで残しているのだからめちゃくちゃ危険な状態ではないんだと思うけど。

 よっこいしょ。私も二人の傍に座る。カンナは一歩離れて立っているが、育ちの良い彼女は流石に、床に直には座れないかなぁ。

「私のお膝に座る?」

「い、いえ、此方で控えております」

 妥協案でお膝に呼んでみたが駄目でした。ラターシャとルーイにはそりゃそうだろって呆れた顔をされた。いやぁ、良い案だと思ったんだよ。本当だよ。『私にとって』だけどね。

「アキラちゃん、今この屋敷のイメージ画ある?」

「うん、あるよ」

 内装含めイメージ画は色々あるので、全部出した。カンナもぴくってしたので、普通においでって手招きする。別に床自体は平気だったらしく、傍に来たカンナはお行儀よく足を畳んで座り、床に出した紙をじっと見つめている。私のお膝じゃなかっただけか……。

「四人がそれぞれどの部屋を使うかは、もう決めたの?」

「うーん、一応。私達が上で、リコットとナディアが下だって。ちょっと気を遣われてる気もするんだけど……」

 子供達は二階が良いだろうからと、お姉ちゃん達は敢えて一階を選んだってことか。

「きっとナディとリコは、君達のお姉ちゃんで居たいんだよ。気にしないで、甘えたらいいんじゃないかな」

「そういう、ものなのかな」

 首を傾けるラターシャの隣でルーイはうんうんと頷いて私に同意している。可愛い。ルーイは妹ポジションの先輩だもんね。ラターシャはまだ、妹として甘やかされることに慣れ切っていないみたいだ。

「あとナディは単純に眠い時に階段を行き来するのが嫌なのかも」

「ふふ」

 我が家の長女さんは朝が弱い。というか、寝起きが悪い。不機嫌なのとは違うんだけど、頼りなくなる感じだね。ラターシャも朝方のナディアを思い出したのか、思わずと言った様子で笑っている。

 しかも彼女は普段から眠りが浅いから、夜中にも起きてしまうことがあるかもしれない。そのような頼りない状態で階段はかなり危ないはず。本人にもその自覚がある気がした。

「そういう意味だと、リコお姉ちゃんも寝付きが悪いから、眠れない日にうろうろしてみんなを起こしたくないのかも」

「あー」

 タグが出なかったので、近い理由はありそうだ。階段の上り下りはどうしたって少し音がするからね。

「とにかく。気を遣っただけじゃないかもしれないよ。あんまりにも気になるなら、改めて話し合えばいいよ。まだまだ時間はあるからさ」

「うん」

 申し訳ない気持ちが残ってしまったら、共同生活が窮屈になってしまうかもしれないからね。お互いが納得しているという状態が必要だと思います。ちゃんと話し合える子達だから、ゆっくりお話してほしい。

 みんなでうんうんと頷き合ったところで、ヘイディが戻ってきた。私を見付けて、ぱちりと目を瞬く。

「アキラ様も、此方にいらしていたんですね」

「うん、お邪魔してます~」

 別にヘイディの家ではないが、まだルフィナとヘイディが管理してくれている建設中の場所なので「邪魔している」で間違いじゃないはず。ヘイディも少し可笑しそうに目尻を下げていた。

「今日は工事しないの?」

「いえ、いつも本格的な作業は午後からで、午前は準備の時間なんです」

 そう言いながらヘイディは運んできた工具と資材を床に下ろした。言えば手伝ったのに。私が言うと、「この建築はアキラ様への御礼だったはずですよ」と笑われた。そうでしたっけね! すぐに忘れる。ルーイ達にも笑われてしまいました。

 なお、午前中は採取だったり、畑のお世話だったりをしているらしい。

 スラン村は人が少ないから、みんな色々兼務をするんだもんね。そういう、時間帯が決まっている作業を済ませてちょっと落ち着くのが、午後からなんだな。忙しい中で頑張ってくれているんだと、今更ながらしみじみと感じる。

 よし、私も自分の分の作業を頑張って、屋敷建設が滞らないようにお手伝いしなければ!

 数十秒前に言われた『御礼』という話をすっぱりと忘れ、気合いを入れ直して立ち上がる。ただし屋敷を出る前にルーイとラターシャはもう一度撫でさせてもらった。

「あ、ヘイディ、侍女の屋敷も中を見て構わない?」

「はい、構いません。ただ、壁には触れないようにお願いします。塗料が乾いていない箇所があるかもしれません」

「分かった。気を付けるよ。ありがとー」

 何かしらを塗布して乾かしている段階であるようだ。ヘイディの言葉に頷いて、カンナの屋敷に向かいます。すると後ろを付いて来ていたカンナが小さく「アキラ様」と私を呼んだ。

「私に、お気遣い頂きましたか?」

 振り返る前に、ちょっとだけ笑う。カンナは鋭いね。

「いや。確かにカンナが見たいかなぁとは思ったけど、それだけが理由じゃないよ」

 ご指摘の通り、理由なのは事実なんだけど。やっぱり私だってカンナ用の屋敷を見たいし、作業前に一応、現場の確認は必要だから。

 私の言葉に頷きつつもカンナは小さく頭を下げ、「ありがとうございます」と呟いていた。何となく愛情が湧き上がったのでカンナも撫でておいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る