第626話

 うーん、自分の屋敷、間近で見るとまた良いねぇ。正面の外観がイメージ通りの造りであることに満足しながら深く頷く。

「ルフィナ~私も入っていい?」

「はい、どうぞー」

 さっきラターシャ達と一緒に中に入っていったのがルフィナだったので、入口から呼び掛けてみる。すぐに奥の方から了承が返った。よし、では私の屋敷に、いざ突入!

「お~!」

 自分でデザインした家だけど、だからこそ形になってくると感動する。天井を少し高めに設定したことで広く感じられてとても良い設計だ。自画自賛。勿論、その通りに作ってくれたルフィナ達が一番すごいんだけどね。

 リビング兼ダイニングとなる予定の広い部屋で仁王立ちしていると、右手にある寝室からひょいとルフィナが顔を出した。

「もうかなり出来上がってるんだね?」

「はい。このお屋敷で残っているのはアキラ様に作成頂く予定だった部分と、細々とした調整だけです」

 私が作成予定っていうと、お風呂とトイレとかまどだね。あれは自分で作った方が望んだ形になりそうだったので、ルフィナ達が作る範囲ではない。

 いずれも今回の滞在中に作れたらいいなと思ってるから、完成次第、また相談させてもらおう。

 そのまま私はのんびりと寝室や台所などを見て回り、赤べこのように繰り返し頷きながら一番奥にある浴室に進む。

「あれ? ラタとルーイは?」

 もう全室回ったはずだけど、どうして居ないんだ? 出てきたところは見ていないと思ったのに。見落としたのかな。

「お二人でしたら、少し前にもう裏口から出られて、奥のお屋敷の方を観に行かれましたよ。ヘイディが案内しています」

 なるほど裏口ね。二人は活発だなー。まあ私がテントを三つ作っている間ずっと私の屋敷で遊んでいたわけもないか。

 なお、私の屋敷は浴室の手前に裏口があって、ラターシャ達用の屋敷にすぐ行けるようになっている。これは私がそっちに行きたいからではなく、私の浴室が半露天風呂なので、使いたい時に遊びに来てもらう為だ。

 さておき、浴室。此処も浴槽部は私が作ることになっている為、ぽこんと空間が空いていた。他の部分は凡そ仕上がっているようだ。ふむふむ。

 その時、不意にカタンと背後で音がした。振り返ればカンナが何やら浴室の扉を確認している。私の視線に気付くと余所見が見付かったみたいな顔でハッとしていた。可愛い。別に好きにきょろきょろしてもいいのに。思わず表情が緩んだ。

「何か気になることでもあった?」

「いえ、珍しい形状の扉でしたので、つい」

「あぁ」

 浴室の入り口は引き戸にした。浴室の入り口と言えばコレだろうと思って。でも私以外の子らは開き戸の方に慣れている為、みんなの家には使ってない。一階と二階にある続きの個室はそれぞれ仕切りを引き戸にしたけど、出入口は全て開き戸だ。

「此方を洗い場にして、このスペースが浴槽になるのですか?」

「そうそう」

 完成イメージ画もあるから、収納空間から取り出してカンナに見せる。興味深そうにふんふんと頷いていた。いちいち可愛い。

「……未完成なのではなく、この部分は屋根を付けないのですね」

「うん。お風呂から、空を見たくてね」

 洗い場には辛うじて屋根があるものの、浴槽の真上は屋根が無い。

 また、この浴室の壁は高めに設計したので、周囲からも隣の二階からも覗けはしない。私は覗いてもらってもいいんだけどね。見る側の子ら、特にラターシャには怒られそうなので。それに女の子達にも心置きなく此処を使ってもらおうと思ったら、恥ずかしくならない造りにしないとね。

 しかし。もうここまで出来上がっているなら天井部分に結界も張っておこうかな。今は雨風が入り込む度に掃除をしてくれているのだと思うが、私が住む際には天井の開いている部分は雨風の入らない結界を張って、ガラス張りと変わらない仕様にするつもりだった。だけど早めに張っておけば、手入れや諸々が楽だよな。

 ということで、結界を張る。えい。オッケー張りました。後でルフィナに伝えよう。

「あ、ところで。こういうお風呂はカンナも知らないよね?」

 唐突な質問をカンナにしてみる。目をぱちりと瞬いた後、カンナは素直に頷いた。

「空が見える浴室というのは聞いたこともございませんでした。確かに気持ち良さそうですが、アキラ様のように気軽に結界が張れなければ、管理は難しそうです」

「ふふ。そうだね」

 この世界にもガラスは存在している。ただ、強化ガラスって概念は流石に聞かない。天井を普通のガラスで覆うのはどう考えても危ないね。頭にガラスが降る可能性があるからね。

「ちなみにカンナ用の屋敷の方も、君が慣れているお風呂場とは違う形だけど……扱いにくいかな?」

 あまりにも今更である。既に私達とジオレンのアパートで暮らしている時点で、カンナは今までとは違う環境に身を置いているんだから。だけどこの村に住んだ後はカンナ一人の屋敷になる。もしも貴族仕様のバスルームが良いなら、今からでも設計を変えてしまっていいかも。

 何とか私がそのようなことを伝えたら、カンナは目を何度か瞬いて「いえ」と言った。

「確かにジオレンの家では初め戸惑いましたが。洗い場と浴槽が明確に分かれているのは、慣れれば使いやすいと感じました。生活の上では平民の方がずっと合理的なのでしょう」

 なるほど。確かに平民は自らのことは全て自らで行い、世話役が居ないのが当たり前だ。そうなると、どんどん利便性や合理性を追求していくのだろうし、そういう部分は沢山あるのかも。

 だけどそれでも、生まれた時から貴族であった人が『合理的だから』という理由で平民の生活様式を容易く受け入れられることを、普通だとは思わない。カンナの度量が大きいんだよな。

「もし不便だと思うことがあったら、すぐに教えてね」

 しかし心の広いカンナに甘えて負担も掛けたくないから、一応、念を押した。私の心情を察したのか、カンナの瞳には優しげな色が宿って、私に向かって丁寧に頭を下げる。

「はい。ありがとうございます」

 そういう場面になって本当にカンナが教えてくれるかは分からないけど。『嘘』のタグは出ていないから、一旦はこれでいいか。

 ではそろそろ浴室の見学も終了しましょう。

 気が済んだのでルフィナに礼を述べ、裏口から外に出た。去り際、結界のことも伝えておいた。唐突な話に、目を白黒させていた。

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