第624話

 無駄にうんうんと頷いていた私は、モニカが此方に目を向けたことに気付くのが遅れた。顔を上げた時に目が合って、首を傾ける。

「内容をご確認なさいますか?」

「はは、しないよ。手紙くらい、誰にだって好きに出したらいいよ」

 みんな真面目というかなんというか。モニカが問題のある内容を伯爵に送り付けるとは思ってないよ。私じゃあるまいし。

「他にも手紙を出したいとかあったら、私がジオレンから出しておくよ」

 信頼を示す意味でもちゃんとそう伝えておく。モニカ以外でも誰でも、手紙を出して構わないよ。

 三年前、モニカの侯爵邸に居た人はスラン村の住民を除きみんな亡くなってしまったかもしれないけど。たまたま難を逃れた人や外に住んでいた家族・友人なら今も生きていて、連絡を取りたいと思っているかもしれないから。

「ところで、この村に連絡手段を作ることは出来るのかな。伝書の鳥みたいなの」

 私が居ないと全く外部と連絡が取れないのは、どうかと思いまして。モニカは私の言葉に軽く頷くも、少し考える顔を見せた。

「準備に時間は掛かりますが、可能ではあります」

 そう言った後、また少しモニカは間を空けた。唐突な質問だったから記憶などを掘り返して説明を考えてくれているらしい。いつも突拍子無くてごめんね。大人しく待ちます。

「まず伝書の鳥として国内で使われておりますのは、風鳩かぜばとという種類で」

 風のようなハトなのかな。ぼんやりと名前を聞きながら思う。

 実際、とんでもない速さで飛ぶ鳥だそうだ。そのお陰で、魔物に襲われることもほぼ無いという。竜種にも匹敵する速度だそうで、捕食者もそんな難しい鳥を捕まえるより他の鳥を捕まえるってわけね。っていうか竜種並みの速度なら、私も捕まえるのは難しそう。

「ただ風鳩は特定の苔が生える岩場にしか定着しないという特徴がありまして」

「ほう」

 それ以外の場所では休憩の為に一時的に立ち寄ることはあっても、巣を作ったり、何日も留まったりはしないらしい。だから風鳩を扱うなら、まずはその苔を村近くの岩場に栽培し、風鳩が定着しやすい環境を整えなければならない。

「環境が整いましたら、風鳩を飼育します。一番良いのはひなからこの村で育った風鳩を使うことですので」

「なるほど、そこに一番、時間が掛かるわけだ」

「さようでございます」

 風鳩の雛を貰ってくる、または卵を孵す。そこから、その雛らが立派に成鳥となる必要がある。確かに、時間が掛かりそうだ。

 その後は、国内の郵便を管理している国の機関に申請し、スラン村の位置を把握してもらう。主要な町に私達の育てた風鳩を置いてもらって、その町とスラン村――風鳩からすれば今の住まいと実家を往復するような形で手紙を届けるようにする。自分の村の風鳩が置かれていない町との伝書は他の町を経由することになるが、その辺りは管理している機関が処理するらしい。なるほど、そういう仕組みなのか。結構しっかりしている。

「風鳩はとても利口な鳥ですが、あまりに難しいことをお願いするとやはり混乱してしまいますからね。確実性を上げる為、現在はこの形になっています」

 こんな機関が整備される前は風鳩には『人』を覚えさせ、距離と方角、そして誰に届けるかを風鳩に伝えて向かわせるという無茶をさせていたみたい。それでもそれなりの成功率で届いたことから、風鳩がこの世界の伝書の鳥として主要になったんだそうだ。すごい鳥だねぇ。

「今すぐに必要になるとは思っておりませんが、思い立ったらすぐ――というものでもございません。早めに準備を始める方がよろしいでしょう」

「そうだね。えーと。後でまた細かいところを相談させてもらえるかな」

「はい」

 今更だが、女の子達やケイトラントも揃っている場で全員を拘束しつつ話し合うことでもなかったな。

「ごめん。私が横やり入れちゃったね」

 しかも折角モニカとカンナが話していたのに、邪魔をしてしまった。そう思って二人に謝罪すると、モニカが楽しそうにくすくすと笑った。

「これから幾らでもお話できますよ」

 彼女のその言葉に、カンナも「はい」と応じていた。何だかほのぼのした空気。嬉しいねぇ。

「ですが私はもうただの平民ですから、ご令嬢には礼儀を尽くさねばならない立場ですね」

「いえ」

 必ず発生しちゃうこの問題。貴族の居る世界って、大変だなぁ。

「私は貴族としてではなく、アキラ様の侍女として此処におります。気安くお話し頂ければと思います」

 いつも通りのカンナの回答。私も「ちなみにカンナはこの話口調しか使えないみたいだからキチッとした振る舞いも口調も気にしないでねぇ」って補足した。モニカはちょっと目を丸めてから、また楽しそうに笑って頷いた。

 その辺りで一旦モニカの屋敷を辞去し、カンナにスラン村を案内しながら村民にも紹介して回る。私の可愛い侍女さんだよ~。王宮侍女という説明でもみんなあまり警戒する様子なく、受け入れてくれた。多分、モニカの従者の一人であるライラが一緒に来てくれていたお陰。お気遣いありがたいね。

 一通り村を回った後はライラとも別れ、自分達の馬車の方へ戻る。すると丁度そこに、ルフィナとヘイディが新しい馭者台を抱えて立っていた。私達に気付くと、パッと笑みを見せてくれる。

「アキラ様。丁度いいところに。馭者台を改造しましたよ」

「おおー」

 座面と背凭れを一部くり抜いて、クッション付きに変えたらしい。なるほど、クッションを『追加』する場合と違って変に台が高くなったり狭くなったりしなくていいね。

「すぐに取り付けますね。座ってみてください」

 そう言うと二人は十分足らずで馭者台を取り付け直す。素早い。しっかりと固定できたことを確認後、二人が私を呼んだので早速座ってみる。わあ。ふかふかです。

「これは痛くなさそう!」

 柔らかいけどそれなりに弾力があってフニャフニャと沈む感じも無いので、普段と変わらない感覚で馭者が出来そうだ。

「ルフィナさん、ヘイディさん、お手数をお掛けしました」

「いえいえとんでもない」

 長女様が代わりに謝ってる……急に居た堪れない気持ちが舞い戻る。ニコニコしていた私の顔がむぅと拗ねたものに変わる様子を見て、他の子達は笑っている。

「しかし念の為にと中の座面も確認しましたが、あちらは座る方への負担軽減を相当しっかりと考えられた作りでしたね。それがどうして馭者台になるとあんなことに……?」

「もっと言ってやってください」

「もう沢山です止めて下さい!」

 慌てて耳を塞いだら、みんなは楽しそうに笑っていた。もうみんな、怒ってないかな。

 とりあえずこの後しばらくは馬車を使わないので、ルフィナ達の最終点検が終わったらそそくさと私の収納空間へと仕舞い込んだ。目に付かなければ蒸し返して怒られることも無いだろうという打算があることは、決して口にしない。

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