第621話

 ふむ。三姉妹が仲良く密着している様子を見つめて一つ頷いた私は、そろりそろりとラターシャの座るソファに後ろに移動する。そして油断しているラターシャを背後からもぎゅっと抱き締めた。

「えっ、な、なに!?」

「よーしよしよし」

「だから何!!」

 抱き締めながら頭を撫で回していたらめちゃくちゃ抵抗されたので一旦解放した。真っ赤になったラターシャが涙目で見上げてくる。これは可愛すぎる上目遣いだ。凶悪だなうちの子は。おかわりを御所望か? 次はもう二度と離せないぞ。

 とか考えてじっと見ていたら「何」と改めて問われた。

「寂しいかと思って。ラタの保護者として抱き締めるしかないと思いました」

「全然いらない」

 そんなぁ。ラターシャも本当は三姉妹がぎゅってしてる仲間に入りたいと思いつつも遠慮しているだけだと思ったのに。

「必要なら私達がしておくからアキラはもう離れなさい」

「えっ酷いよ! ラタは私の子なのに!」

「アキラちゃんの子ではないんだけど……」

 今の保護者は私なので私の子ですが!?

 心の中ではそう叫ぶが、恥ずかしがり屋で思春期のラターシャは素直に受け止められないのかもしれないな。可愛いから、それもまた良し。

 改めて頭をなでなでした。ただ何だか警戒されているようだったので、大人しく離れましょう。私はすごすごと台所に戻った。

「今回はスラン村に長めに滞在するから、荷造りはしっかりねー」

「はーい」

 まあ、転移で行き来はできるけどね。この家に戻りたいよーって言われたらいつでも移動します。だから緩めのしっかりでいい。

 私はスラン村で大きい工作でもしようかな。この家の工作部屋では足りないくらいに大きいものとかさ。

 そんなことを考えながら今夜の献立を決めて食材を出し始めたら、みんなもわらわらとお手伝いに立ち上がってくれた。引っ付いていた三姉妹もいつの間にか分裂している。もうちょっとひと塊で居てくれても、可愛いから良かったのに。

 食後はみんなてきぱきと荷造りに動いてくれて、特に慌てることもなく迎えた翌朝。

「カンナはこの馬車、初めてだね」

「はい。ごく一般的なほろ馬車かと思いましたが、内装がとても立派なのですね」

「アキラちゃんの収納空間があると、荷物がほとんど要らないからね……」

 結局、サラとロゼも連れて行きたいという気持ちになり、馬車で出発することに。周辺をちょっとお散歩してから、人気のないところでスラン村に転移する予定だ。そもそもヘレナに「ジオレンから離れる」と言っておいて馬を置いて消えたら不審だという理由もある。

「カンナ、乗れる?」

「はい」

 頷いてくれたけど、ちゃんとエスコートした方が良いかな。そう考えた私は手を差し伸べようとしたが、カンナは気付かず自力で軽々と中へ入ってしまった。そっか……要らないか……。ルーイはエスコートに失敗した私が視界に入ってしまったらしく、素早く顔を逸らしていた。こら、笑うんじゃない。振り返ったらラターシャも俯いて肩を震わせていた。笑うんじゃない。

 最後にラターシャが乗って、みんながきちんと座ったのを確認しながら私も馭者台に座る。ふと、カンナが少し身体を傾けて私の席を覗いた。

「アキラ様」

「うん?」

「……この馭者台は、お辛いのではないですか?」

「ふふ」

 辛いですね。まだ改善していない私である。よく気付いたなぁ。

 他の子らよりも、『立派な馬車』を多く見ているせいだろうか。伯爵家の馬車は馭者台もちゃんとしてそう。カンナより奥に座るナディアとリコットが、私をじっと見ていた。バレたっぽい。

「辛いってどういうこと?」

 何かもう既にお怒りの雰囲気がひしひしと伝わってくる。怖い。私は無言でそっと前方に向き直って、女の子達に背を向けた。

「出発します~」

「アキラ」

 長女様の不機嫌な声が聞こえたが聞こえなかった振りを貫いてそのままサラとロゼに掛け声をする。今か今かと足踏みしていた二頭が歩を進めた。

「この子達、久しぶりだと走っちゃうから、カンナ、しっかり掴まっててねー」

「は、はい」

 本当はちゃんとそれを伝えてから出発しようと思ったんだけど、姉組が睨むからさぁ。いえ、私が悪いのは分かっています。

 ものの数秒で、案の定、サラとロゼが張り切って走り出した。爆走って感じじゃないんだけど、いつもより早いって感じ。広いところで走るのは気持ちいいねぇ。可愛い達のご機嫌なお尻を見つめて呑気にニコニコしていた私は、大きく揺れる幌馬車の中でカンナが自分の座席を見て軽く眉を寄せたことなんて、全く気付かなかった。背を向けているから当然でもあるが。

「わ、カンナ、危ないよ」

 驚いた様子のラターシャの声が聞こえたと同時に、カンナが馭者台の方に少し身を乗り出してきた。

「カンナ?」

「せめて何かを敷いて下さい。このままでは」

「大丈夫だからカンナ、下がって。多少痛んでも、回復魔法もある……」

「そういう問題ではありません!」

 大きな声に驚いて閉口する。その声の主がカンナであるから尚更だ。

 もしかして今、カンナに、怒られた……? 後ろで、同じくみんなも驚いて目を丸めていた。

「平民の荷馬車でも敷物をするのです! こんなに揺れる状態でそのまま座るなんて」

「わ、分かった、分かりました」

 楽しく走っているサラとロゼには申し訳なかったが、一度、停止してもらった。いつも賢くてお利口な二頭は「どうしたの?」という顔で此方を見るも、ゆっくり速度を緩め、停まってくれる。

「アキラちゃん……」

 すごく何か言いたそうな声でラターシャが私を呼び、他の子達も此方をじとりと見つめている。

 その後はもう、散々だった。女の子達にもこってりと絞られ、カンナは私の腰とお尻周りをタオルケットでぐるぐる巻きにした。その状態で且つ、座面の改善をするまで身体強化で自分の身体を守ることを約束させられた。こともあろうか、それを私に一番強く言い付けたのはカンナである。

 更にスラン村に到着してからも、叱られてしょぼくれている私を見たケイトラントが「どうした」と苦笑して、事情を聞いたら大笑いしながらルフィナとヘイディを呼んだ。二人は馭者台を見ながら経緯を聞き、少し沈黙。数秒後にルフィナが「正気ですか?」と言って、とんでもなく早い動作で私の馭者台を取り外し、ヘイディと二人で村の奥へと持って行った。ああ、私の馭者台……。

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