第618話_治安問題
「ところでカンナ。警備兵の詰め所、忙しそうだった?」
目下の問題はむしろこっちなんだよね。
私とカンナが今後も女の子達をしっかり護衛するとしても、ジオレンの治安に不安があること自体、許容できるものではない。しかし普段の詰め所の状態を把握しているわけでもないカンナにこの尋ね方はちょっと雑だったかな。流石に今回は言い直そうかと思ったけど、カンナは躊躇いなく頷いた。
「はい。漏れ聞こえた情報になりますが、急激に争いごとが増えている、とのことです」
「やっぱり、そっか~」
私はやや大袈裟に首を捻って唸る。カンナがすぐに私の言いたいことを察してくれたのも、今のジオレンの状況が問題だとして詰め所の中で話題になっていた為だろう。私達の会話に、他四人が首を傾ける。
「どういうこと?」
「ダリア……あー、昨日のわんちゃんから聞いたんだけど」
未だ少し悩みつつ、私は結局、レッドオラム付近から多くの人が流れてきていることや、それに伴って少し治安に問題が出ているらしいことをみんなに告げた。全員で対策を話し合うのが、一番安心への近道かもしれない。いつも私は気遣いが下手なのでね! という帰結です。
「もういっそ明日からスラン村に避難しちゃおっか? あそこなら安全だしねぇ」
「急に勝手な長期滞在を予定したら迷惑でしょう……」
ナディアに渋い顔をされてしまった。まあそうだけど、その辺は、食材とワインを賄賂に持って行けば許してくれると思うんだよねぇ。
「カンナもまだ紹介できてないし」
ついでのように言ったものの、紹介と挨拶は近い内に行こうと思っていた。この機会に丁度良いのではないだろうか。これについては女の子達も「あー」と、納得の声を上げている。
「あ、その前に。冒険者ギルドの状況をヘレナに聞いておこうかな」
唐突に思い出した。私にはギルド内に都合の良い駒が置いてあるんだった。問題になっているのは流れてきた『冒険者』だろうし、ギルドの方が正しい状況を知っている可能性がある。
ということで。
私は二通の手紙を
「もう書いたの? ヘレナさんに?」
「ううん。これはモニカ宛」
ナディアからの問いに何も考えずに受け答えしてから、あ、そっか、ヘレナ宛の手紙には検閲が付くんだったなと思い至る。ちなみにモニカ宛はチェック不要のようだ。ナディアが興味のない顔をしたので、そのまま送った。
次はヘレナ宛。今日が出勤している日ならすぐには見られないだろうが、まあ急ぎじゃないので構わない。
『何だかジオレンの治安が一時的に悪化しているようだから、少しの間みんなと街から離れ、別のところに避難する予定。しばらく連絡はこの魔道具でお願い。あと、この治安悪化はレッドオラム方面から人が流れた影響だと聞いたけど、他にもヘレナの方で知っている情報があれば教えてほしい』
私達は安全なところに行くから大丈夫だし、返事は別に急ぎじゃないってことも付け足しておく。もしヘレナが治安悪化の対応に追われているのであれば、手紙に気付く時にはヘトヘトだろう。別に無理をさせたくはないのでね。
「こんなもんかな?」
そう呟いたものの、私はもう一文を最後に付け足した。
内容を最終確認してインクもしっかり乾かしたら、傍でじっと待っている様子のナディアに「出来ました」と言って渡す。長女様による検閲のお時間です。短い手紙だからナディアのチェックも早かったんだけど、返してくる時にちょっと溜息を吐かれてしまった。書き直すように言わないなら問題は無いと思うんだけど。言葉尻とかが気に入らなかったのかな……。
「何か変なこと書いてあったー?」
私がドキドキしつつナディアを窺っていると、リコットが軽く笑いながらそう問う。ナディアは改めて溜息を吐いて答えた。
「……ヘレナさんにも『気を付けるように』って気遣いの言葉が添えられていたから、相変わらずねと思っただけ」
「ははは」
あー。最後に足した『君も気を付けてね』の一文を見下ろす。前にも気遣いの言葉を含めた手紙に「優しいわね」と嫌な顔をしていたっけ。しかしヘレナに危険な目に遭ってほしい等とは全く思っていないし、ギルド内が今は大変かもしれないと思うと、少しだけ心配になったのだ。うーん。でもわざわざこの一文を消すのも、何か違う気がします。うーん。
「そのままでいいわよ」
私が戸惑っているのを見止めて、ナディアがそう言った。そう言うなら、まあいいか。
だけど毎回こんな些細なことでも嫌な気持ちになっちゃうなら、検閲を止めていいのではないだろうか。私はナディアの心をとても案じております。大体のストレスは私のせいだが。
とりあえず手紙をヘレナに送り、それからナディアの頭をよしよしと撫でておいた。いつも通り嫌そうな顔で頭を振られてしまった。はいはい。軽く両手を上げて離れる。
その時、モニカから通信が入る。もう私からの手紙に気付いたらしい。そしてモニカは、挨拶の時点で少し笑っていた。
『アキラ様の村です。ご命令して下さって宜しいのですよ』
いやぁ。そうかもしれないけどさ。普段は横暴なことばかり言っているのに、急に御伺いを立てるみたいなお利口なことをしてしまった。気恥ずかしさが湧き上がる。なお物資などの調達で急ぎのものは特に無いようだったが、『宜しければついでに』と少しだけお願いされた。どの道、滞在するなら私達用の食材も追加で仕入れてから行きたいし、『良いよ~』と軽く返す。
「モニカ、いつでも来て良いってさ」
通信を終えてみんなに伝えると、何故か少しみんなが変な間を空けた。
「それだけ?」
「うん?」
リコットの問いに首を傾ければ、彼女が少し目尻を下げる。
「なんか変な顔してたから」
「あー、いや」
今日は会話を外に漏らすことはなかったものの、気恥ずかしさを感じていた時に表情がそのまま出てしまったらしい。隠しても心配されるか警戒されるだけなので、仕方ない、そのまま白状することにした。
「行っても構わないかって、なんか、控えめに聞いたから。自分の村なのにって笑われた」
「あはは」
「なんだ、結局お伺いしたんだね」
ぐぬ。恥ずかしい。みんなが「迷惑でしょ」って言うからぁ。私もちょっと反省しただけなのにぃ。口を尖らせていたら隣にいたルーイがよしよししてくれた。嬉しい。笑いながらだったけど。
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