第617話

 とにかくカンナは身体強化魔法に加えて、伯爵家で習った護身用の棍術でかなり戦闘力が高いとのこと。全容はまだ私も知らないというか、説明だけは聞いているんだけど目の当たりにはしていない。

「身体強化って、具体的にどういう状態なんだっけ……力が強いだけじゃない?」

「そうだね、打たれ強くもなれるし、動体視力や反射速度、五感も上げられる」

 打たれ強さの例で言うと、ホセのとこの兵士に私が壁へ叩き付けられた時に使ったね。強化していたから痛みも無かったし、当然全く怪我もしなかった。五感は、遠くのものを見たり、ナディア達のような鋭い聴覚・嗅覚を得たりすることも出来る。まあ、その辺は必要ないので私はまだやったことが無いけど。

 ただこの魔法は発動しなければいけないので、長時間使うと普通に魔力が枯渇する。

「無限に強化し続けられるのは私くらいかな。カンナは限定的に使うみたいだよ」

 必要最低限をオンにし、戦っている最中でもオンオフを絶妙に切り替えて消費を抑えて戦うらしい。言葉にすると簡単だけど、相当に難しい。私は幸い魔力が無尽蔵なのでそんな大変な節約術はやらない。戦っている最中はほぼ使いっ放しだね。カンナのその高等技術は彼女の努力の賜物でもあり、天性のセンスでもある。

「つまり彼女はめちゃくちゃ強いみたいだ。王宮の経歴書にかなりの高評価が書いてあったことを考えると、多分、一介の兵士レベルじゃないね」

 街中で出会う程度のあんな馬鹿共じゃ全く相手にならないのは今回の件でも証明された。

「ただ、私が知ってたのもそれだけ。明確に実力も把握していないのに、無責任に『護衛として働け』って指示していたわけじゃなかったんだ」

 見守る目が一つよりは二つの方が安全だろうってくらいの気持ちだった。まさかこんなにすぐ、必要になるとは……うちの子らは美しすぎるからなぁ。全員で揃ってお出掛けすると特に注目を集めるんだよね。かといって一人でも危ないし、美しいって色々と大変だよね。

 それに、今回は運が悪かった、とも思う。

 どうやらダリア達の移動、複数の団体がまとめて移動したことで結構な規模だったらしくって、急にジオレンが人で溢れているようだ。勿論、勝利の日の祝祭レベルではないものの、今回の移動は一時的なものではない為、少しの期間を我慢していればいいって話にならない。

 中でも特に『冒険者』が厄介で。元々ジオレンに居た冒険者と仕事の取り合いになって、冒険者の間で揉め事が増えているんだとか。結果、変に苛付いている冒険者が増え、あちこちで無駄に諍いを起こし始めている。

 実はダリアと歩いている時にも騒動を一件見掛けており、ナディア達が絡まれているのを見付ける直前にも、違う場所でもう一件見ている。つまり警備兵は大忙しで、こっちの対応に遅れたのも致し方なかった。むしろ今の状況を思えば早かったくらいだね。

 しかしこれをみんなに話すべきかどうか。

 今回みたいに怖い思いをした後に、変に不安を煽りたくない。だけど危険を知らせないわけにもいかないし、みんなならすぐ異変も気付いてしまいそうだ。うーん。どうしよう。

 悩んで黙っていると、丁度カンナが帰宅した。

「お帰り。色々ありがとうね」

「とんでもございません」

 一礼したカンナは上着を脱ぐとすぐに私の元へと来て、紙を二枚差し出してきた。

「調書の控えです。私とアキラ様の身分を明らかにし、お忍びでの滞在なので秘匿するように命じました」

「ありがとう」

 伯爵令嬢と公爵だからな。何も言えまい。

 とりあえずカンナもソファに座らせて、先程カンナについて女の子達に打ち明けた内容を告げる。

「……皆様にしばらく伏せておくことは、私からの提案でございました」

 事実だ。しかしカンナがこの件を伏せることを提案した本当の理由は、まだカンナの人となりを知らない女の子達が『カンナに戦える力がある』と知った時に、可能性を上げていた。私もそれは否定できないと思って、もっとみんなが仲良くなるのを待つつもりだった。これについては、今後も伝えるつもりは無い。

「そして今回……人混みの中、身体強化の使用を躊躇いたしました。そのせいで皆様には無用に恐ろしい思いをさせる結果になってしまい、申し訳なく思っています」

 少し離れた位置で騒動に気付いたカンナは、本気で駆け付ければもっと早くに事態を収束できたそうだ。しかし身体強化で人混みを駆け抜けるのはリスクが高い。万が一誰かと接触すれば軽傷で済まない可能性もある。

 そのせいで慎重に人を掻き分けていたところ、男達がリコットへと手を伸ばしたのが見え、流石になりふり構わず武器を投げ、その後は身体強化で最速で駆け付けたという。……あらぁ。武器、投げたんだ。

「一歩間違えれば一般人に怪我をさせた可能性もありましたが、皆様に何かあるより遥かに良いと思いました。いえ、もっと早く決断すべきでした。本当に申し訳ありません……」

「いやいや、そんなに謝らないでよ、守ってくれたことには変わりないんだから!」

 リコットが慌ててそう言うと、他の子らも同意して頷く。そしてラターシャが宥めるようにカンナの背を撫でた。

「あんまり気を張ってるとカンナが疲れちゃうよ。私達には守護石もあるし、ほどほどで大丈夫だよ」

 優しいそのラターシャの声に対し、何処か弱々しくカンナは「ほどほど……」と呟いた。私は思わず笑う。『ほどほど』とか苦手そうだよね。

「一緒に居る時に偶々何かあったら守るくらいで良いよ。カンナの本分は私の侍女だからさ。今回の働きは充分なものだったよ。本当にありがとう」

 改めて、お願いしたい『護衛』の線引きを伝えておく。

 敢えて引っ付いて回らなくていい。明らかに危険な状況に居ると思った時以外は、魔力探知や感覚強化で様子を窺う必要もない。自分の安全が最優先。他は守護石に任せればいい。

 丁寧に一つずつ言えばカンナは静かに最後まで聞いて、「畏まりました」と頭を下げた。私の最初の指示が緩かったのが良くなかったね、ごめんね。

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