第616話

 ダリアとは昼過ぎまでジオレンを観光して、遅めのランチを食べて別れた。夜に仕事をする子だから、早めに解散しないとね。

 一人になった私は、長く放置してしまったお姫様達に何かお土産でも買ってから戻ることにした。時間的にもう今日のおやつは食べてしまったかもしれないし、日持ちしないものは良くない。高級ゼリーにしよう。ゼリーなら夜のデザートまたは明日以降のおやつに出来るはず。

 そうしてうきうきと一人で買い物をしていた自分を殴ってやりたいと思う反面、ゼリーの為に遠回りしなければ、私の可愛い女の子達が騒動に巻き込まれているのも見付けられなかったと思うと、どう考えるべきか。何にせよ、一人をしただけで他の阿呆どもには自ら手を下せなかったことが悔やまれる。それぞれ両腕くらいは落としてやりたかった。

 警備兵に連れられて行く男達を見送って、のんびりと女の子達の方へ歩み寄る。周囲の人達が労ってくれていた。ジオレンって基本はみんな優しくて穏やかなんだよね。

 その時ふと、此方に近付いてくる見知った姿に気付いた。

「あー、前にもお世話になった」

 以前ホセに絡まれた時、駆け付けてくれた警備兵の一人だった。今回も駆け付けてくれて、現場整理に残っていたようだ。私の前に立つと、その人は深々と頭を下げた。

「度々、我々の対応の至らなさにより御迷惑をお掛けして申し訳ございません」

 前回は貴族の名に負けたこと、そして今回は駆け付けるのが遅くなった、と詫びているらしい。どちらもやや仕方がないと思える。彼個人が悪いわけではない。

「大丈夫だよ、今回もありがとう」

 私はさも代表のようにそう答えてから、いや、今回の被害者は私じゃないので女の子達に答えさせた方が良かったかなとちょっと反省。まあいいか。ナディア達が彼を責めるとも思えない。

「通報の時点でお話は聞いておりますし、奴らは前科者なので疑う余地はございませんが、……事情をお聞きする為、ご同行を願えませんか」

 重ねて申し訳なさそうに彼が言った。規則なのだと思う。これもまた彼を責める点は特に無い。ただ、私は最後に駆け付けただけで、事情と言われてもなー、というところ。どうしようかな。私の女の子達の方を窺うと、カンナがスッと傍に寄ってきた。

「私だけ参ります」

 カンナは少し私の方へと身体を寄せ、小さめの声で続けて囁く。

「……私とアキラ様の身分を証明できますので、対応いたします」

 周囲の人達には聞き取れないが、目の前の警備兵にはぎりぎり聞き取れるくらいの声だ。内容からから私達を貴族だと気付いたのか、彼は全員来いとは言わなかった。

「分かった。じゃあカンナ、宜しく。今日中には帰してくれるよね?」

「はい、一時間も掛からないだろうと思います」

 警備兵の対応が今までよりも一層恭しく感じられた。この世界の貴族って本当に強いよね。まあ、ホセの事件の時に分かっていたが。何にせよ今回は私が行使する側なので何も言うまい。

「もし夕飯の時間になっても戻らなかったら、私が迎えに行くからね」

 念を押すように伝えれば、カンナが少し目尻を緩めて「すぐに戻ります」と言った。

 カンナ一人が警備兵と共に立ち去るのを見守って、改めて女の子達を振り返る。私を見つめている瞳はまだ、不安を宿している。

「ごめんね、肝心な時に一緒に居なくて」

「アキラちゃんが悪いわけじゃないよ」

 そう言ってリコットは笑ってくれたけど、怯えている色は全く隠し切れていない。

「ルーイ、おいで」

 一際怯えてしまっているルーイを傍に呼んだ。彼女は素直に私の前に来て、私の腕に収まった。ぎゅっと強く抱き締めて頭を撫でる。元々身体の大きい男の人が怖いのに、こんな目に遭うのは辛くて堪らなかっただろうな。この子の半径三メートル以内に大柄な男が入れないように結界を張ってやろうか。ガロとかも軒並み寄れなくなるけど、ルーイが優先だよ。そうして無駄に被害に遭うガロである。後日この案は正式に全員から却下されましたがね。

「抱っこして帰る?」

「ふふ。それは恥ずかしいよ」

 この提案にも、ルーイは笑って首を振った。小柄とは言えもう十二歳なので、抱っこして往来を歩くほど小さいわけじゃない。流石に恥ずかしいらしい。

「でも、手は繋いでいい?」

「勿論だよ」

 愛らしい小さな手をしっかりと握って、みんなを促して帰路に就いた。その後は何事もなくアパートに到着し、中に入り込んだところで女の子達は緊張を解いた様子で息を吐いていた。

「ラタは、ハグする?」

「しない」

 即答で拒まれたもののしつこく両手を伸ばして周囲をうろうろしてみたら「いらないってば」とラターシャも笑う。仕方ない。頭だけ撫でておいた。とりあえず笑ってくれているので良しとする。みんなをソファに座らせ、温かいココアを淹れて振舞った。少しでも、ほっとしてもらえたらいいな。

「それで、あのさ、カンナって……」

 ココアで一息吐いた辺りで、おずおずとリコットが問い掛けてくる。あー、ね。私は軽く肩を竦めた。

「うーん、黙っててごめんね。えーと、カンナからは何か聞いた?」

「私達のことを守るように、アキラちゃんに言われてるって」

「あー」

 そこだけ聞いたらしい。まあ、あんな状況で何を話せるはずもないな。私はまた一つ頷く。

「生活魔法は達者なんだって話したでしょ。詳細を省いちゃったけど、あの子はレベル9の身体強化も扱えるし、レベル10も『浄化』だけは少し使えるらしい」

「え、やば」

「アキラちゃん以外にも、レベル10が使えることあるんだ」

 まあ生活魔法だから、属性魔法と比べればまだ難易度が低い。皆無ではないだろう。ただ、属性魔法に換算してもレベル5から6の難易度があると思うので、とんでもないことには違いない。宮廷魔術師の中でも此処まで使える人はほとんど居ないと思う。

「でも何か事が起こるまでは伏せておく予定だったんだ。カンナを『護衛だ』って言うとみんなが気を遣うかもしれないからさ」

「……そうね、カンナが付いてくる度、いちいち申し訳なく思ったかもしれないわね」

 今日、五人はずっと一緒に行動していたらしいが、カンナは女の子達がショッピングする傍で商品を見てはいたものの何も買っておらず、もしかしたら護衛として傍に付いていたのかもしれないと言った。私はそこまでガチガチに守れって言ったつもりじゃなかったんだけどな……。しかし真面目なカンナだから、そう捉えてしまったのかも。お陰で今回は助かったけどね。

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