第613話_異種族間
「だけどエルフって、人族と恋愛するんだよね。それだけちょっと不思議」
ルーイの言葉に、みんながハッとして彼女を見つめた。
「確かに。あれ?」
「……言われてみればそうね。ちなみにエルフが、獣人族と交わった話を聞いたことはある? ラターシャ」
「え、えぇと、獣人族は知らない。魔族と交わったらダークエルフだって話があるから、魔族とはあるのかも」
「余計に混乱する」
獣人族よりも魔族の方が余程、生物としてかけ離れた存在だろうに。
「人族と交わった魔族の話もございます。……史実であるのかは定かではありませんが」
もし此処にアキラが居れば真偽のタグで確定させられたのかもしれないが、今この場に居る者だけでは確認のしようが無い。高位貴族のカンナが知らないなら、尚のことだ。
「おそらく、魔族は姿を偽って騙し、別の種族と子を成そうとするのでしょう。ラターシャが自らをダークエルフかもしれないと思っていた時も、お母様があなたに嘘を吐いたと疑ったのではなく、お母様が騙されている可能性を思ったのでは?」
「……うん、そう。お母さんが知らないだけで、もしかしたらと思ってた」
ラターシャの母も実際、エルフであることを隠して人族と結ばれている。魔族とは意図がまるで違うだろうが、相手の種族を知らずに交わることは、魔道具や魔術を使えば全く起こり得ないこととは言えない。魔族ほど魔力が高く狡猾な相手であれば、その可能性の方が余程高そうだ。
「あの……ドワーフって」
ふと新しい種族をルーイが上げると、ナディアとリコットが同時に頭を抱えた。
「そうだわ。人族と結ばれることが多いわね」
「分かんない~何が違うの~?」
此処の家に居る面々でドワーフと深い関わりを持つ者は居ないが、ドワーフは街中でもよく見かける種族だ。人族と結ばれることが多いものの、血が薄れるという概念は無い。生まれる子がドワーフまたは人族のどちらかになり、両方の特徴を備えた子は生まれないと言われている。また、ドワーフとして生まれる子の多くが男であることもあって、必然的に、ドワーフは別の種族と結ばれなければ子が成しにくいのだ。
という、『事情』としては分かることだが。
それだけで、種族の垣根は容易く超えられるものなのだろうか。アキラを除く人族と獣人族の間にある大きな壁を思えば容易く納得は出来ずに、全員が「うーん」と唸った。
「獣人族だけ、違うってこと?」
「今の話をまとめれば、そうなるわね。ドワーフとも、獣人族が結ばれる話は知らないもの」
「いえ……竜人族も、他種族と交わる話は聞きません」
カンナがそう言うと、「あ」と言ってからみんなも同意して頷く。改めてまとめると。獣人族と竜人族は、他種族とは性愛に発展しない。他の種族間では垣根を超える場合もある、ということになる。
「生命としての成り立ちが、大きく異なるのかもしれませんね。魔族については、異なるものの、適応範囲が大きいだけかもしれません」
カンナのその声は何故かみんなを宥めようとするような、優しい色を宿した。その変化に応じて、全員が顔を上げて彼女を見つめる。
「この件をあまり突き詰めて考えようとすると、際どい話になる気がします。ラターシャが辛くなりそうです」
「あっはは!!」
噴き出すように笑ったのはリコットで、続いてルーイも重なるように声を上げて笑う。ナディアはあからさまには笑わなかったが、耐え切れぬように口を引き締めて俯いた。
つまりカンナが言うのは、『恥ずかしがり屋』のラターシャが居る部屋で、生殖器などの話は流石に出来ない、という意味だ。ラターシャは一拍後に意味を理解した様子で頬を染め、眉を寄せた。
「分かった。もうおしまい」
唸るようにそう告げた彼女のその言葉でこの話を区切るはずだったのだけど。結局、なかなか笑いの収まらないリコットをラターシャが怒り、更に笑われるという無限ループに陥るのだった。
夜の内に戻らなかったアキラは、女の子達の朝食を抱えて早朝に帰ってきたものの。それをテーブルに並べると「私はこのまま出掛けてくる」と言った。どうやら街に来たばかりのダリアに、今から観光案内をしてやるらしい。
「ごめんね、お昼もみんなで適当にお願い。夕飯までには戻るから」
それだけ告げ、アキラは急ぎ足で出て行く。ルーイはカーテンの隙間からこっそり外を眺め、アキラが見えなくなった頃に口を尖らせてソファに戻った。
「前で待ってたみたい。くっ付いてどっか行った」
「案内なんか適当に他のやつにやらせればいいでしょ。何なの、うちのアキラちゃんを都合よく使ってさ」
何故かリコットまで怒り出してしまったので、純朴なラターシャはおろおろと動揺した。
「やめようよ、アキラちゃんが女の人と遊ぶなんて、いつものことなんだから」
しかしフォローとして正しいのかは微妙な言い方だ。それに笑いそうになりながら、ナディアも続ける。
「久しぶりに外で遊べて、アキラの方が楽しいのかもしれないわ。そっとしておいてあげましょう」
以前にもナディアが指摘していたけれど、アキラはこの街でナンパに出掛けていない。遊びたがりのアキラにとって『気心知れた娼婦』は、憂いなく楽しく遊べる相手であることは間違いないだろう。色んな意味で。
「とりあえず私達は、朝ご飯にしましょう」
ナディアが締め括ると、不満そうにしていた妹二人も「はぁい」と大人しく従った。
しかし昼が近付くと、普段はアキラに任せきりにしている昼食をどうしようかという話になる。部屋に置いてある食材で簡単に済ませることも、出来なくはないのだけど。
「久しぶりに外で食べよっか?」
最近は外食することがほとんど無かったので、偶には良いだろう。そんな空気になっていく。アキラの作る食事が美味しくて、外食は全くと言っていいほど機会が無いのだ。ナディアは時計を見上げた。
「なら、早めに向かいましょう。遅くなるほど、混むでしょうし」
「そだね」
幸いまだ十二時の少し前。十二時を過ぎてしまうと、食事処は十五時頃まで混み合ってしまうところが多い。五人は手早く外出の準備をして、近くの店で昼食を取った。
そしてアキラが出掛けていることで、カンナは現在、暇を出されている。女の子達も見張るべき人がおらず、決まった予定も無い。つまり割と手持ち無沙汰だった五人は何となくそのまま共に行動し、アキラが一緒の時には行くのを少し躊躇ってしまう洋服店――見ているだけで全部買われてしまうから――に足を運ぶなどして、ゆったりと午後を過ごした。
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