第610話_貴族流
「正直に、申しますと」
先を越されてしまったものの。可愛い女の子の言葉を遮ってはいけない。私は口を噤み、先を促すように頷く。
「陛下は、アキラ様が私に数日に一度ほど頻繁な休暇をお与えになるとはお考えでないはずです。その上で、今の給与に設定されたものだと……」
ええー。『本当』のタグが出てるー。
それなら、五割増しってそんなに増してないよな。今までの勤務形態を思うと、休みを無しにしたら勤務日数は三割増しくらいになるわけだから。ショックを受けていたら、カンナは私の表情を見て目を瞬いた。
「いえ、それを加味いたしましても、王族の専属侍女より高い給与です。アキラ様を軽視されていると言うことではございません」
「そうなんだ……」
この言葉にも『本当』が出ていた。いや、私が気にしているのは彼らが私を敬っているかどうかより、カンナに対する適切な待遇か、なんだけど。
そういえばカンナのお父さんである伯爵さんもこの待遇で納得していたと言うし、カンナ自身も納得しているなら、うーん、そっか。じゃあもういいか。私も納得して落ち着いたところで、カンナは何処か安堵した様子で表情を緩めていた。
「私も、休日は好きです」
ぽつりと呟かれた言葉。意外な思いで目を瞬き、私は彼女を見下ろした。カンナはお茶の入ったガラスのコップを両手で大切そうに持って、それを見つめていた。
「ですが今はただ、いつでも、アキラ様の侍女でいたいのです」
胸の奥がむずがゆい。嬉しいのとくすぐったいのと愛しいのと、何だか色んな気持ちが身体の奥でぎゅっとした。
「ありがとう」
今の思いが上手く伝えられなくて、ただそう言ったら。カンナは小さく頷いてくれた。くすぐったさが増して、唐突に照れ臭くなっていく。慌てて口を開いた。
「でも疲れが取れないとかお休みしたいなって思ったら、いつでも言ってね」
「はい」
これにもちゃんと頷いてくれたし、『本当』のタグが出たから。これ以上はもう言うまい。
ふむ。よっこいしょ。
私は全くさり気なくない動作でソファの背凭れへ腕を乗せ、カンナの後ろ側にそれを回した。前から見ればほぼ彼女の肩に腕を回しているような位置取りだ。カンナはぴくりと身体を震わせたが、避けようとはしなかった。
後ろからカンナの髪を無許可で触る。また小さく、カンナが揺れた。反応が可愛い。髪も艶々で触り心地がいい。
「アキラ様」
「ん?」
流石に苦言を呈されるかしら。
何処かわくわくしていた。カンナに『めっ』てされたら喜んじゃいそう。
「少し、お傍に行っても宜しいでしょうか」
「勿論いくらでも」
怒られませんでした。そして条件反射で答えたものの、どうしたんだろうって気持ちで彼女の動きを見つめる。すると宣言通り私の方へと距離を詰めて座り直したカンナが、凭れるようにして私の肩に頭を寄せた。
なるほど。「傍に行っても良いか」は、こういう意味か。貴族流「引っ付いても良いか」という問い掛けだったのかも。
さっきよりずっと気兼ねなく、私はカンナの肩に腕を回して、彼女の頭を撫でてから――、ああ、つまりこれは、私への気遣いだったんだと気付いた。
私が触りたがっているから、差し出してくれたらしい。やや申し訳ない気持ちになりつつ。腕の中に居るカンナが愛らしいので無言で堪能した。愛しい人の誕生日を目一杯お祝い出来た上にこうして可愛がる時間も貰えるなんて、あまりにも贅沢だな。結局私の最高の日になりました。
翌日。
カンナの勤務表がいつの間にか、撤去されていた。私は触っていない。他の子らが触るとも思えないので、多分、カンナが自ら取り払ったんだと思う。抜け目のないことだ。ちょっと笑った。
さて。今日はとても天気が良くて気持ちのいい日だった。朝はまだ分からなかったものの、午後に差し掛かると気温も少し高くなってきて暖かい。
肌寒い日が続いていた中、ぐっと心地良く感じる気候。こんな日にずっと部屋に籠るのは、流石に勿体ないように思う。
「本屋に行こうかな~。カンナ」
「はい、ご用意いたします」
声を掛けると同時にテキパキと動いてくれるカンナはいつも通りの無表情なのに、何処か嬉しそうにも見える。これから休みなく侍女で居られることへの喜びだろうか。うーん。やっぱり私はそこまで全身全霊で仕事を愛してはいなかったので、理解は及ばないのだけど。彼女が嬉しいならそれでいいや。
さておき私という問題児が出掛けると言い出すものだから、見張りの付き添いが必要になる。リコットが立ち上がった。
「じゃー今日は私が~」
「私も行くわ」
すると何故かナディアも来ると言い出した。もしかしたら気候が良いから、彼女も散歩したい気分だったのかも。寒がりのナディアは暖かくなるのが嬉しいのだろうし。
「えー、じゃあみんなで行こうよ~」
「あはは、いいね」
子供達もそう言うので結局、久しぶりに全員で街中を歩くことになった。帰りはカフェに行こうか。今から出掛けるなら、おやつの時間に休憩するのは丁度いいんじゃないかな。私の提案に、子供達は嬉しそうに頷いて、目当てのカフェを幾つかあげてくれていた。
とにかくまずは大きめの本屋に向かいます。揃って入店した直後、散り散りに好きな本を物色すること約十五分。
「……びっくりした。痴漢かと思った」
ふと背後に立った私を振り返ったリコットが、静かにそう言って笑う。痴漢だと思った割にはのんびり振り返っていたし、まるで警戒もしていなかったじゃないですか。苦笑している内に、背後の私に凭れるみたいに背中を寄せてくれたので、嬉々として彼女のお腹に腕を回す。
「どうしたの?」
「ん、私も雑誌を見ようと思って来たら、可愛い子が居たから」
「なんだ。本当に痴漢だった」
「違いますっ」
なんと人聞きの悪い! と思ったが、「可愛い子が居たから傍に寄った」は痴漢だね。「私の可愛い子が居たから」です。知らない子にはやりません。
ちなみにもう一つ理由を上げるとしたら、怖い長女さんが奥の棚の方に居て見ていないからでもある。可愛いリコットに頬擦りしても怒られないのです。なお、私の侍女さんはこんな状況下でも数歩離れたところでそっと控えてくれていた。
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