第609話

 自分の家族のことを思い出してそれを口にしようとしたところで。ふと、カンナの家族のことを考える。カンナは誕生日に実家へ帰るようなことはしていなくてプレゼントと手紙のやり取りだけだと言っていたけれど。

「何歳頃までカンナは、毎年、誕生日パーティーをしていたの?」

「十八歳までです。これも貴族の慣例でして」

「ほう」

 貴族社会では、十八歳に相手が決まっていないともう『行き遅れ』の扱い。よって、自分の為のパーティーを開催して結婚相手を募るようなことは――そんな意図が無かったとしてもそのように捉えられてしまう行動をすることは、家の品位を落としかねないのだとか。よって、十八歳までに婚約者が決まっていない若者は、そのような催しを主催しないことが暗黙の了解だそうだ。以降は婚活を続けるとしても水面下になるってことだね。

「しかし私達の親世代ですら十八歳を遥かに超えた婚約は珍しくありません。誰の目から見ても、もはや古い慣習でございます」

「なるほどね~」

 特に近年は、「行き遅れだ」とか「早く結婚を」と促す空気は急速に薄まっているとか。

 というのも、今年で二十二歳になるクラウディアも、まだ婚約者は決まっていないらしい。王女殿下がその状態だから、他の貴族らが婚期の遅れを怒られることは少ない、というか、思ったとしてもクラウディアの手前、声高には言えないのだ。この国で『王族』は救世主の代理人で、信仰の対象。地位が高いというだけではない、不可侵の立場だから。

 むしろクラウディアは自らの影響力を知った上で婚期をわざと遅らせて、女性らの社会進出を止めないようにしているのではって噂もあるみたい。話の中でタグが出なかったので、遠からずというところか。

「ただ例外として、二十歳の誕生日にはパーティーを主催してもいいことになっているのですが」

 ふむふむ。結婚相手を探すという意味より、大人になりましたってお披露目の意味が強まるからかな。納得して頷いた直後、私は首を傾ける。お父さんと二年も会っていなかったとか、帰省も頻繁じゃないって言ってたよな。去年のカンナの、二十歳の誕生日は……? 疑問を口にするまでも無く私の表情だけで言わんとすることを気付いたらしく、カンナは少しバツの悪い顔で視線を落とした。

「お見合いをするのが億劫になりまして……」

「ふふ」

 説明の頭から面白くて笑ってしまったけれど。是非その続きを聞きたいので、「ごめん続けて」と促す。

「先程も申し上げた通り、十八歳を超えた後、相手が無いままで開催できる唯一の大きなパーティーです。相手を求めている場合であればかなり力を入れるものなのですが」

 相手を求めていない場合は、ちょっと億劫なわけだ。そりゃそうだ。

「父は、開催したいようでした。ただ私が前向きでないことを知り、諦めてくれた形です」

 なるほどねぇ。本人にやる気が無いと、開催したところで思った成果は無いだろうし、折角の誕生日にわざわざ伯爵家まで呼び戻して、気乗りしないパーティーに出席させるのも……とか、お父さん、結構、悩んだんだろうなぁ。

 結果、カンナは二十歳の誕生日も王宮で迎え、祝いの手紙と少しのプレゼントを受け取るだけだったとか。そして二十歳という節目だから例年のようにプレゼント全ての辞退は叶わなかったらしい。親戚から高級な装飾品を貰ってしまい、お礼状に困ったと話す彼女が無性に可愛かった。

「勿論お祝いして頂けることはいつでも嬉しく思いますが、お礼やお返しを考える際には伯爵家の者であることを忘れてはいけません。……ですが、今日はそのようなことを何も考えず、ゲームを遊び、美味しいものを味わうことが出来て、とても楽しかったです」

「うん」

 貴族令嬢によってはこのような楽しみ方をつまらないと思う人も居るだろうけど。今日みたいな新鮮さを、カンナが喜んでくれる人で良かった。

 そして今話してくれた気持ちは、私も少し感じたことがある。

 私も子供の頃、大人達が祝ってくれるのは嬉しくても、喜び方を間違えないように気を遣うことはあった。お礼の手紙やカードは、何度も大人達に見直してもらって無礼をしないようにと気を配った。それが嫌だったわけじゃない。だけどそういう『大人の世界』から離れて同級生たちとただ騒ぐだけの誕生日会は、何とも言えない喜びと安堵があったんだよな。『別物』ってだけで、大人に祝ってもらえるのも、心から嬉しいんだけどね。

 私がそのように話すと、カンナも同意するように頷いていた。

 空いたグラスをテーブルに置いてボトルに手を伸ばす。持ち上げた直後、カンナはやんわりとそれを私から取り上げた。そのまま此方に傾けてくれたので、苦笑しながらグラスで受け止める。本日の主役にお酌してもらっちゃったよ。そしてボトルがカンナ側に置かれてしまった。もう手酌はさせてもらえないのだと察する。いいのかな。主役はカンナなんだけどな。

「本日は、我儘を言って困らせてしまい、申し訳ありませんでした」

「うん?」

 遠くなったワインボトルばかり気にしていたら、静かな声でカンナが言う。カンナからの我儘なんて、何かあったっけ? 首を傾けて黙ると、カンナが目を瞬きながら補足してくれた。

「……その、休日の件で」

「あぁ、いやー、あれは、困ったって言うか」

 困ったという表現も間違いではないんだけど迷惑という感覚ではなかったし、そもそも私側にデメリットのある話では全くなかったので意味合いが違う。

「うーん、私も仕事は好きな方だったけど」

 この世界に飛ばされた時点で二十三歳。もう立派に社会人として働いていた。営業部に居たので会社の内外で色んな人と会話をして、大きな仕事を取れた時だとか、泥沼に揉めていた案件を落ち着かせられた時だとかは本当に嬉しかったし楽しかった。やりがいもあった。

「でも休日も大好きだったんだよね」

 実家に帰ったり、友達と遊んだり。自分だけのアパートでだらだら過ごすのも全部、好きだった。

「あんまりにも自分に無い感覚だったから、『本当に良いのかな、大丈夫かな』って思っただけ。嫌だとか困るって思ったわけじゃないよ」

 追加で給与を払うべきという点で足踏みしたのも『受け取ってくれなさそうだから』であって、お金を出すことに憂いは無い。というか王宮所属として継続して給与を払うって王様が言わなかったら、ちゃんと私から給与を支払うつもりだったんだからさ。

 私の言葉に、カンナは頷きながらも少し申し訳なさそうに俯く。こんな悲しい顔で大事な日を締め括ってほしくないな。何かフォローの言葉は無いだろうか。慌てて口を開いたけど――先に言葉を続けたのは、カンナの方だった。

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