第608話

 収納空間から取り出したホールケーキを見て、みんなが感嘆するような声を綺麗に揃えていた。可愛い。

「すっごい綺麗」

「フルーツケーキ?」

「うん、そうだよー」

 主にベリー系の果物を使った。彩りも重視した為、その見た目にみんなが見蕩れてくれている。嬉しい。

「きっとそれだけじゃない、何かある」

「見た目は普通……」

 切り分けてそれぞれにお皿を渡すと、リコットとラターシャがそれを目線まで持ってきて真剣に観察し始めた。

「私はもう分かったわ。あなた達じゃ、食べないと分からないと思うわよ」

 二人の様子が可愛かったらしく、ナディアは柔らかく微笑みながらそう言った。なるほど、ナディアには隠せないね。私が肩を竦めたのを見て、ルーイが「あ」と声を漏らす。

「香り?」

「ええ」

 それぞれが納得の表情で顔を見合わせた後。せーのと息を合わせて、ケーキにフォークを入れた。数秒後、みんなが大きく頷く。もう分かったね。

「これは、トウの茶葉ですか?」

「大正解」

 流石、カンナは茶葉まで当ててくるね。まあ、この茶葉は特徴的な香りを持っているから、他のみんなも同じく当てられたかもしれない。このケーキのスポンジと生クリームには、私の世界で言うところのアールグレイのような、香りの強い紅茶を使ったのだ。乗せている果物もその香りと喧嘩しない、むしろ美味しくなるような組み合わせを選んだ。

「いい香り。めちゃくちゃ美味しい」

「この間のジャムと紅茶みたいな組み合わせだね」

 ラターシャの感想は言い得て妙だね。これも果物と紅茶の組み合わせだもんね。

「紅茶の香りを付けたパウンドケーキなどを口にしたことはございますが、此処まで美味しく仕上がっているものはなかなかありません。クリームにまで、こんなに……」

 そこまで言うとカンナは言葉を止め、ひと口、ふた口と食べ進めた。彼女にしては話が半端なところで止まっているけれど、もう続かないらしい。私が小さく笑うと、カンナが気付いた様子でハッと顔を上げた。

「申し訳ございません……美味しくて、上手く言葉に出来ません」

「ううん。喜んでくれるのが伝わって、本当に嬉しいよ」

 紅茶の香りをクリームや生地に入れるのって失敗したら渋くなったり薄くなったりするから、そういうのを食べちゃうと結構ガッカリするもんね。上手く香りが入っているお菓子を食べた時の感動はひとしおである。

「香りもそうなのだけど、私はこのスポンジがすごくしっとりしていて好きだわ」

「おー、それは良かった」

 ふわっとさせるか、しっとりさせてぎゅっと詰まったスポンジにするか迷ったけど、後者を選んで正解だったらしい。晩御飯も重たいメニューにしてしまった為、ふわっと軽いものにした方がいいかなってギリギリまで悩んだんだよね。しかし最終的には自分の好みに方に寄せてしまった私である。結果オーライ。

 みんながいろんな言葉で最後まで本日の献立を称賛してくれて、カンナの誕生日なのにいつものように私が一番嬉しい気持ちです。ニコニコ。

「さてと。お風呂の用意をしようかな」

 ケーキ皿の片付けは、みんなのお風呂中にしてしまえばいいや。一旦放置して、私は浴室にお湯を用意しに行った。すると戻って来た時にはもうお皿が片付けられていた。女の子達、素早いです……いつもありがとう。

 そうしていつもの順でみんなも私もお風呂を済ませたところで。

 恒例。私だけまだ飲むのである。子供達を寝かし付けてからもう一時間が経過したというのに新しいワインボトルを開けている私を見て、リコットが苦笑している。

「そろそろ君達も寝なね~」

 普段であればまだ彼女らはもう少し起きている時間帯だけど。みんな、昼間からずっと私に付き合ってお酒を飲んでいる。お風呂に入る頃にはお茶に変わっていたものの、体調を思えば早めに休んだ方が良いだろう。

「……もう少しだけ」

 隣に座っているカンナがぽつりと呟く声を拾って、視線を向けた。カンナは俯き加減でしばし静止し、何処か迷った様子で続きを言った。

「お付き合いさせて頂いても、宜しいでしょうか」

 その言葉に私はきょとんとしてしまって、反応が遅れる。リコットとナディアはそんな鈍間な私を待つことなく素早く立ち上がった。

「じゃ、私らは先に寝るね~」

 二人は空いているおつまみの皿も一緒に下げて、自分達のグラスと共に片付けてくれた。

 ふむ。カンナは私に何か話したいのかもしれないね。やや遅れてしまったが、ようやく私は「いいよ」とカンナに返した。

 片付けと寝支度を手早く済ませて去っていく二人の背中をカンナと一緒に静かに見守る。いつもより二人の行動が素早い気がしたけど、きっと気のせいではないだろう。気遣い屋さんだなぁ。

「ところでカンナ、体調は平気? 昨日も結構、飲んだでしょ」

 二日連続での深酒は、流石に辛くなっていないだろうか。心配が先に立ち、お茶を傾けている真っ最中に問い掛けてしまった。でもカンナは変に慌てる様子無く冷静にグラスから口を離して頷いた。

「不調も疲れも全くございません。このような経験は初めてで、まだ身体が温かい気がします」

 そう話すカンナの目がちょっときらきらしている。つまり、楽しかったんだな。

 曰く、貴族令嬢として迎える誕生日は伯爵邸でパーティーを開催し、カンナ個人よりは伯爵家としての付き合いの深い方々が多く招かれる。令嬢としてご挨拶しつつ、公開お見合いのような形でもありつつ。だからあまり気は抜けなくて、ゲームで遊ぶような機会も当然無い。

「なるほどねぇ、分からなくもない」

 私も誕生日っていうと、当日は家政婦さん達が作ってくれたご馳走を食べるものの、家族全員で揃って遊ぶようなことは覚えが無かった。むしろ両親は仕事で居ないことが何度もあったな。出来る限り帰ってこようとはしてくれていたから、毎回じゃないけどね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る