第607話

 以降も私は立派に戦い抜き、予定通りの時間に全ての調理を終えることが出来た。

「よし、完成。みんなご飯だよー」

「わーい」

 焼きたてのパンをバスケットに乗せて自由に取ってもらう。ライスが欲しい人は私が炊きたてをよそいますよ。

「ハンバーグだ!」

「前と違うね、ソースの中にある」

「煮込みハンバーグだよ~」

 二種のキノコとたまねぎとソースを一緒にぐつぐつしました。

「美味しそうな匂い~!」

「じゃあ早速食べようか、いただきまーす」

「いただきます!」

 食べ始めてから聞いたが、カンナもハンバーグなる食べ物は知らなかった。でも幸いカンナの口にも合ったらしく、目をきらきらさせていた。可愛い。煮込みだったお陰もあるかもしれない。煮込んであるものが好きだって言っていたもんね。献立を決めたのは好きなものを聞く前だったけど、なかなか私の勘が冴えわたっている。

「うう、パンも美味しいしライスとも合うし……」

「あははは」

 食べ比べながら困った顔をしているリコットが可愛いね。沢山お食べよ。

「カンナ、アキラとの生活は太るから。覚悟をした方がいいわ」

「……はい」

 不意に告げるナディアの言葉に、カンナも深刻な顔で頷く。私は思わず声を上げて笑ってしまった。しかしそんな私の反応の何が気に入らなかったのか、リコットは私を見てじとりと目を細め、声を低くした。

「私もうナディ姉にウエスト広げてもらった服あるからね」

「お~、おめでとう」

「祝い事じゃない!」

 いやいや、元が細すぎた子達なんだから、祝い事だが? 健康になっている証拠だよね。そのように切々と語ると、「また始まった」という顔をされた。いや、私はめげないぞ。これからもみんなを健康な身体にするべく、美味しいご飯を沢山作るんだからね。むしろやる気をみなぎらせた私に、女の子達は口を噤んだ。言うだけ無駄、むしろ悪化するって顔ですね。

「あっ、そうだ、この後ケーキもあるよね?」

 その時、新しいパンに手を伸ばしたリコットが、ハッとした顔でそう言った。「勿論」と私は頷く。お誕生日ですからね、お誕生日ケーキがございます。すると他の子らもしばし食べる手を止め、ナディアはパンへと伸ばしていた手を静かに下ろした。可愛い。

「みんなのお腹が落ち着いてから出すようにするから、満足するまで食べなよ」

 くすくすと笑いながら告げる。それでもナディアはまだ少し迷った顔をしていたものの、結局は誘惑に負けてパンを手に取り、それに続いてラターシャも恥ずかしそうに新しいパンを取っていた。みんな、沢山食べるようになったねぇ。私はニコニコです。

 結果、張り切って焼いたパンの山が、今日は驚くほど減った。正直、ほとんど自分用になるだろうと思っていたんだけどね。ライスも人気だったものの、パンが焼きたてでいい匂いを漂わせていることもあるし、煮込みハンバーグの残ったソースに浸して食べるのがすごく美味しかったんだよね。

「一時間ほどしたら、ケーキにしようか?」

「は~い。ふふ、今すぐは絶対に入らない」

「……こんなに満腹になるほど食べたのは、初めてかもしれません」

「あはは!」

 カンナの言葉にみんなで笑った。貴族令嬢はお上品に食べることが多いし、ドレスを着ていたらコルセットもするのだろうから『いっぱい食べる』なんてこととは縁遠いのかも。特にカンナみたいな働き者は、動くことが億劫なほどは食べないよね。

 でも今日はそんなことも忘れて沢山食べてくれるほど、私のご飯が美味しいと思ってくれたなら、本当に幸せだな。

 みんなを休ませている間に私はキッチン周りのお片付け。残ったライスの冷凍なども含む。明日の朝ご飯の仕込みもちょっとだけやっちゃおうかなー。

「ごめんねアキラちゃん、作ってくれたのに、お片付けまで」

 不意に、そんなラターシャの言葉が背中に掛かった。私がせかせかと動いていることが気になったようだ。真面目だなぁ。

「いいんだよ~今日のパーティーの主催は私だからねぇ」

 返した声は自然と弾んでいた。おもてなしの日ですから。女の子達の為に働ける幸せ。

 それを思うとさっきワイングラスを割ってしまって、みんなを……そして本日の主役様までも働かせたことが悔やまれるよ。こんなことを言っても、優しいみんなは否定するんだろうけどさ。

「ね?」

「……はい」

 背中を向けたままだったから、みんなの様子も何も見ていなくて、唐突に聞こえた短いリコットの言葉と、それに応じるカンナの返事の意味が分からなくって反射的に振り返る。全然私には関係のない話をしているのかなと思ったのに、全員が私を見上げて笑っていた。

「うん?」

「この間、誰かの誕生日はアキラちゃんが一番楽しそうなんだよってカンナに教えてたの。本当にそうでしょって話」

 なるほどね。私は眉を下げて笑った。

 元の世界に居る頃から割とよく言われていたことだから自覚もある。誰かをお祝いする場が大好きだ。その為の準備で忙しくすることは少しも苦じゃない。むしろ幸せなことだった。

 沢山の愛情を、伝えられる場だから。

「アキラちゃんらしいよ」

 私の言葉に、リコットはそう言って目尻を緩めていた。

 その後キッチン仕事を終えた私が改めて振り返った時、女の子達は何故か、立ち上がって意味も無く部屋をうろうろしていた。何でそんなにみんな、部屋の中で散り散りになってるんだ? その割に会話はしているらしいが、互いが遠い。

「何してるの?」

「消化」

 ああ、そういうことね。腹ごなしをしていたらしい。誰かがやり始めたところから、みんなで真似しているんだね。どうしてこの子達は毎秒こんなに可愛いんだろう。

 彼女らのそんな健気な努力が実ったのか、約一時間後に「ケーキいけそう?」と聞いたら、「食べる」と返ってきた。しんどくならない程度でお願いしますね。

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