第606話_休暇制度
いつまでも難しい顔をする私を不思議に思ったのか、追撃するのではなくナディアは「何か気になることがあるの?」と柔らかく問い掛けてきた。その声の優しさに促され、私は正直に今考えていたことを話す。するとカンナを除くみんなが「あー」と声を揃えた。
「確かに」
「……もしもカンナが快く受け取れるのなら解決するのでしょうけれど……どうかしら」
私と同じような難しい顔になった女の子達が、伺うようにカンナを見やる。多分、みんなも私と同じく『受け取らなさそう』とは思ったんだろう。ナディアの問い掛けも、『相談』のトーンだった。
全員からの視線を受けてしばし静止したカンナは、「あの」と小さく言うと、ちらりと短く私を見上げてから、気まずそうに再び視線を落とした。
「元より少し、気になっていたのですが」
「うん?」
「……生活費を、私はまだお入れしておりません」
「あ」
そういうの、何も考えてなかった。普通に他の子らを養う延長で考えていたし、せいぜいカンナには個人のお小遣いをあげてないだけ、という違いだ。
勿論これが『まかない付きの住み込み』という契約であれば何の問題も無いのだけど、王様からの任命書には私が『住居を指示または提供すること』だけ記載があり、食事やその他の生活費については何の記載も無かった。なのに今は休暇の日も含めて三食おやつ付きで、この家の生活用品は自由に使い放題である。
「二日後には王宮からの給与が金融ギルドへ預けられるはずですので、その際にお渡しするつもりでしたが……先程の点が気になられるようでしたら、そちらを免除いただく形で如何でしょうか」
詰みを感じる。私は降参を示す形で少し肩を竦め、両手を上げた。
「分かったよ。じゃあ決まった休みは無し、基本的には毎日私の侍女として付いてもらう。休みが欲しい時は申請式。その代わり、生活に必要な費用は全て私が見る」
きちんと改めて告げた言葉にカンナは何処か安堵したような顔を見せながら、「はい」と承諾を告げた。
さて。双方の同意は成ったが、申請式の休暇を制度としてきっちり決めよう。
申請可能な年間の最大日数をまず決める。勿論これは休ませない為の仕組みではない。休める残日数を予めはっきりさせておき、『権利』としてより気兼ねなく休めるように、と思ってのことだ。体調の問題で超過しそうなら、それは都度相談だけどね。
今は三日働いて一日休み、四日働いて一日休みを繰り返す形だから、一年で八十日程度の休みになる。だからとりあえず八十日としよう。これは一日ずつ使ってもいいし、一気に使って二か月半ほどバカンスに出ても構わない。
私がつらつらとそう説明したら、カンナが目を瞬く傍らで、リコットがけらけらと笑った。
「これなら来年以降、春の社交界で離れることになっても、かなり余裕だねー」
「そう。御実家に帰る用事があるとか、そういう時もこの休暇日数を活用してくれたらいいよ」
分かりやすいね。そういうことです。私より遥かに気遣い上手なリコットに感謝しつつ、私も例を追加した。ようやく納得した様子でカンナが頷き、軽く頭を下げる。
「承知いたしました。ご配慮、ありがとうございます」
しかしまあ結局これは申請しなければあっても関係のないシステムだから、カンナからしたら、そもそもの願いのネックにはならないんだろう。
「一日の開始と終了は?」
「うーん、それは今まで通りがいいなぁ」
私の言い方のせいもあるだろうが、この点、カンナは抵抗せず承諾してくれた。ただ、「御用があれば、いつでもお申し付け下さい」という言葉付きだ。
この言葉、最初に勤務時間を決めた時にも言われたね。
でも今回は前よりも意味が強い気がした。しかし私も抵抗せず頷く。何故ならこれも、私が呼ばなければいいだけだから。お互い様である。
「一件落着~」
リコットが楽しそうに両手を叩いてそう言うと、一気に部屋の空気が緩んだ。いつも彼女のこういうところに救われていますよ。
お話がひと段落した為、私は一度ワインを傾けてから、時計を見上げた。
「うーん、そろそろ、晩ご飯の用意をしようかな? ちょっと時間が掛かるものだから」
今までに無い早さで準備を宣言して立ち上がる私を、みんなが目を真ん丸にして見つめてくる。可愛い顔。でもすぐ、「手伝う?」と聞いてくれた。良い子達だねぇ。
「いや、本日のお姫様と遊んでて~」
カンナは一瞬誰のことか分からなかったみたいで、きょとんとしてから、ハッとしていた。こっちも可愛いね。今日もこの家は可愛いが渋滞しています。幸せ。
さて私は調理に取り掛かります。まずはパン生地を作るところからである。今回は焼き立てパンが必要になるので、今から捏ねるよ。
そして一次発酵をさせている間に他のこと。どうせ時間が掛かるんだからと、お誕生日ケーキも今からだったりする。発酵時間が終わる前にスポンジを焼き終えなければならない。勿論、並行して晩御飯の支度もあるので、もろもろ匂いが移らぬように工夫も必要だ。
「……なんか戦場っぽい?」
「楽しみだね~」
所狭しと色々置いて忙しなく動く私を窺って、女の子達が声援を……いや冷やかしだなあれは。でもニコニコになれるからまあいいのです。
「アキラちゃんの消臭魔法があるから、キッチンからひと続きの部屋でも困らなくっていいよね~。今更だけど」
しばらくすると不意にリコットの声が聞こえてきたが、丁度ケーキ用スポンジの状態を確認していたので振り返れない。みんなも同意の声を上げていた。
今、ダイニングテーブルとリビングの間に、消臭魔法の壁を作っている。常設ではない。美味しい匂いが部屋に漂うのも風情の一つではあるのでね。でも今回みたいに色んなものを一気に作る時、または、まだまだ時間が掛かりそうだなって時は遮断している。楽しみの時間が長引き過ぎると、空腹が酷いことになるじゃん? ひと続きの間取りで常にみんなの様子が分かるのは良いものの、こういう時にはちょっと気を遣うよね。
「よし、オッケー」
ケーキ用のスポンジが上手に焼けました~。粗熱を取ります。副菜の準備と主菜の準備もやりながら。一次発酵を終えたパンを成形して二次発酵。
元の世界だとオーブンレンジに発酵機能があって楽だったが、こっちの世界でも幸い、魔法で温度を上げられるので似たように処理できている。しかしタイミングを間違えて発酵し過ぎてしまうと失敗する為、油断は禁物だ。集中して頑張りましょう。
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