第605話

「褒めちぎる」

「は?」

 完全に油断していたであろうリコットの表情が凍り付いた。

「今度こそ待ったなしで私が褒めちぎるのを最後まで聞いてもらう」

「絶対に嫌! なんでそんなこと思い付くの!?」

「はははは」

 結局、この間のベッドでも最後までは聞いてくれなかったんだよね。途中で「もういい」って言って愛らしくも涙目になってしまったので、優しい私は許してあげたのだ。ナディアが何かを察した様子で「なるほど」と言って、リコが「なるほどじゃない」と噛み付いていた。可愛い。

「何だか私も怖くなってきたな……」

 最後になったルーイは言葉通りやや不安そうにしている。多分、リコットのを聞くまではルーイも『大抵のことは平気』の気持ちで聞いていたんだろうな。

「ルーイは、そうだなぁ」

 しかし、この子を困らせて楽しいって気持ちは欠片も無いんだよね。

「お膝に乗ってもらって、絵本の読み聞かせでもしてもらおうかな。心地良さそう」

「ルーイのだけ甘い……」

 リコットに怒られました。へへ。

 確かにこんなお願い、ルーイなら普段でも聞いてくれそうだね。ただ、『甘くない』お願い――つまりルーイが本当に困るような内容なら、賭けの報酬としても姉組が絶対に許してくれないと思う。妥当な線だ。

 というか。そもそも賭け事はやらないから。罰ゲームありの遊びはしませんよ、教育に悪いですよ。

 改めて告げたらみんながほっとしていた。言い出したのは私じゃなかったのに、自分が意地悪でもしてしまった気分。納得がいかない。

「あー、でも、カンナ」

「はい」

 話がひと段落してワインをひと口飲んでから、ふと思い付いて私は本日の主役様を見やる。呼ばれたから返事をしただけの、全く警戒のない無垢な瞳をじっと見つめた。

「罰ゲームとか関係なく。お願いがあったら聞くよ? 誕生日プレゼントに」

 カンナの目が少しだけ丸まって、きょとんとする。それから、戸惑った瞬きを二つ。本当、カンナは目が雄弁で可愛いなぁ。

「既に、プレゼントは頂きましたが……」

「ん~でもリクエストは特に聞かなかったからさ」

 私と出会って以降に誕生日を迎えたラターシャ、リコット、ナディアの三名については、それぞれ『お願い』または『欲しいもの』を聞いてそれを与えた。今回彼女にあげたブレスレット式の魔道具が安いものだったとかじゃないけど。やっぱり何かお願いを聞く、という形を取りたい思いもある。

「無理にとは言わないけどね」

 あくまでも私の思いであって、カンナを困らせるのは本意ではない。きちんとそう付け足したんだけど、カンナはまだ困った顔で視線を落とした。

「アキラ様の侍女にして頂くこと自体が私の願いでしたので、これ以上、望む、こと……は、……」

「あ、これ思い付いたね。何か思い付いたでしょ?」

「やめなさい、リコット」

 無遠慮に顔を覗き込むリコットから逃げるように、カンナは少し顔を逸らした。うーん、この反応は確かに、何かを思い付いちゃったみたいだねぇ。

 私はワインを傾けながら、そっぽを向いているカンナの動きを待った。

 なお、彼女がぎゅっと口を噤んでいる間に、リコットはナディアに引っ張られて覗き込むのを止めさせられて、けらけらと笑っている。リコットも酔っているんだと思う。

 それから数秒後。ゆっくりと顔を元の位置に戻したカンナが、何処かおずおずと私を見上げた。

「本当に、……お願いをしても、よいのでしょうか」

 声がほんのちょっと震えていて、そんなに私はお願いを告げるのが怖い相手だろうかと寂しい気持ちも過ぎるが。きっとカンナにとって『主人へのお願い』はハードルの高いことなのだろうと飲み込んで、しっかりと頷いた。

「勿論。私に叶えられることなら何でも」

「……アキラ様にしか、叶えて頂けないことです」

 ほう。何だろう。

 私は促すように軽く頷き、『お願いを聞くのは何でもないことだ』と示すようにのんびりとワインを傾ける。みんなも真剣なカンナに水を差さないようにと思ってか、聞く姿勢を取って沈黙した。部屋はひと時、しん、と静まる。

「私の休みを無くしてください」

「ゴフッ」

 咳き込んだのは私だけではなかった。同じタイミングでワインを傾けていたナディアも咳き込みかけて、小さく唸っていた。隣のリコットが笑いながら背中を撫でてケアしている。

「カンナ……」

 確かに、それは私にしか叶えられないことだが。眉を下げて彼女を見つめると、カンナは焦った様子で視線を彷徨わせた。

「な、何でもと、仰いました」

「いや、それはそうなんだけどさ。休みが全く無くなったらカンナだって困るでしょ、しんどいだろうし……」

「それなら申請式でいいんじゃない? 休みが欲しい時にカンナが事前に言えばいいじゃん」

 即座にリコットが口を挟んでくる。むう。

「カンナならあなたと違ってちゃんと『事前に』言うでしょうから、予定が立たなくなることも無さそうよね」

 戸惑って口を噤んでいたら、ナディアも続いた。しかも私の悪口まで入っている。

「体調が悪い時とかは元々、臨時でも休ませてあげるつもりだったんでしょ?」

 ルーイまで。おや。何だか全員が肯定的だな?

 私がきょときょとしていると、ラターシャが苦笑した。

「本人が働きたいんだったら、叶えてあげたらいいと思って。しんどくないかは、私らみんなで見てたらいいんじゃないかな」

「むう……」

 確かに『休みたいだろう』が私の勝手な意見であることは、今までのカンナとのやり取りで何度か思った。無理をさせたくないと思ってのことだけど、本人がそれを嫌だって心から思うのなら、押し付けるのもまた違う。

 ただ、ただなぁ。

 ……『給与』のことも、ちょっと問題なんだよな。

 今カンナに支払われている給与って、元の勤務形態を想定してのものじゃないのか? 勤務時間を大幅に増やすなら、給与もそれに応じて上げなければならない。勿論、それだけなら私が追加で出せばいいし、懐に余裕はあるので全く構わない。

 でも、カンナがそれを受け取ってくれる気が、全くしなかった。

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