第604話_団欒
私の服の処置を終えたナディアはリビングに戻ってくると、私を軽く見やってから、ソファじゃなくてキッチンの方へと向かって歩く。流し目を貰った。私もそっち行けばいいかな? 下らないことを考えていたらナディアが私を振り返る。
「どうせ大量に飲むのだから、アキラは木製のコップで飲んだら?」
「えぇー」
どうやらキッチンに行ったのは、零してしまったせいで今は何も飲んでいない私の為だったらしい。流し目はお誘いじゃなくて手元を見ただけだったのか……いや少なくとも誘いでないことだけは分かっていたけども。
さておき、木製のコップで豪快に飲むのもちょっとファンタジーっぽくて楽しそうではあるかも。少し沈黙した私をどう捉えたのか、リコットはナディアの傍に行くと、宥めるように彼女の背を撫でて笑った。
「まあまあ。別にアキラちゃんが悪いわけじゃないでしょ。アキラちゃん、同じワインで良いの?」
「え、あー、うん、ありがとう」
私が悪くないかと言われると、ちょっと、どうかな。多分、変に魔力を溢れさせてしまったんだと思うんだけど。……ま、いいや。改めてリコットがワイングラスを渡してくれて、中にさっきまで飲んでいた赤ワインを注いでくれた。
「それじゃー、改造版のスゴロクやろー」
場を仕切り直すのもリコットがしてくれた。みんなで苦笑交じりに頷きあって、新しいスゴロクを囲む。午前同様、私達は大変盛り上がって遊んだ。飛び越えることもあれば、一気に引き戻されるマスもあって。偶に悲鳴や笑い声を上げ、みんなで一喜一憂した。こんなに盛り上がったスゴロクは私にとっても、初めてだったかもしれない。
「は~、笑い過ぎて暑いや」
「ちょっと窓を開けようか?」
「お願い」
私がシャツをぱたぱたしているのを見兼ねて、ラターシャが窓を開けに行ってくれる。その背を見送りながらグラスに新しいワインを注ごうとボトルを引き寄せると、手酌を見止めたナディアがそれを取り上げ、代わりに入れてくれた。ナディアからのお酌だ。嬉しい。お礼に私もやろうと思ったが、まだ入ってるからと断られた。しょんぼり。でもワインは美味しい。
「しかし、楽しかったねー、私の想像以上に盛り上がってくれて良かった」
「一番はリコットの、ふふ」
戻ってきたラターシャが、言葉途中で堪え切れずに笑っている。一方、水を向けられたリコットは項垂れていた。
「誰だっけあんなとこに『振り出しに戻る』マス置いたの……」
「私よ」
「ナディ姉の鬼……」
先頭を突っ走っていたリコットはナディアが置いたその鬼畜マスを踏み、堂々の最下位だった。しかもそのマスの何が鬼畜かって、ゴールの数マス手前という位置もそうだが、サイコロ最大値である六を出して止まった時、という条件付与がされていた。喜びが絶望に変わる瞬間である。人の心理をよく考えた上での鬼畜だった。
その後も、私の知る最もシンプルなトランプ遊び――ババ抜きをした。これは結構みんなも気に入ってくれて、何回戦したんだか数え切れない。勿論、みんなの知ってるトランプゲームも教えてもらった。みんなのトランプとは絵柄が違うだけじゃなくて最大値も違うから、ルールを知っている子らの方が余程、混乱していたかもな。
ただラターシャにとってはどちらも目新しいもので、楽しかったみたい。
一応、エルフの里にもトランプに似たカードゲームはある。ただ、お母さん以外とまともに関わっていないラターシャがそれを知るはずも無いのだ。
とは言え、これから幾らでも遊べるからね。子供の遊びから大人向けの小難しいものまで、一緒に楽しんでいこう。誰かの誕生日みたいな特別な日じゃなくても、みんなで時々こうしてスゴロクやトランプで遊ぼうねと言い合った。
「……アキラ、手を抜いている?」
「えぇ?」
負けが嵩んでもケラケラと笑っている私に対して、ナディアが徐にそう言う。
「いやー、敢えて負けようと思ってるわけじゃないんだけど、なんか楽しくて、何も考えてない」
「まるで頭を使ってないカードの切り方をしてるのは分かるよ……」
「あはは」
今は一番右に持ってるカードを出すくらいのノリでやっている。「絶対に負けないぜ!」というくらいの強い気持ちなら、もっとちゃんと頭を使ってやるんだけどね。
「アキラちゃんも本当に酔うんだね。ゲームとかすると分かるなぁ」
リコットの言葉にも呑気に笑いながら頷く。思考がふわ~として楽しくなっちゃうのは、確かにお酒のせいでもあるね。
「だけど、例えばこのテーブルに男が混ざってて、『何でも言うことを一つ聞く』とか賭けさせられたら、どれだけ飲んでても負けないよ~」
「要は、危機感の問題ね」
「そうそう」
今のゲームの目的は『楽しく遊ぶ』だ。勿論、負けたいわけでもふざけたいわけでもないので、わざと負けてはいない。だから手札が残り数枚になって「勝てるなぁ」と思ったら勝ちに行くんだけど、序盤から中盤に掛けては全く頭を使っていなかった。
さておき目的が変われば姿勢が変わり、その為に割くリソースが変わってくるってこと。
「……私達でその賭けをしたら、むしろ喜んで負けそう」
「流石は私の可愛いラタ! よくご存じで!」
的確すぎる指摘に大喜びしたら、喜ばせるつもりじゃなかったって感じの渋い顔をされた。そんな顔も可愛いねぇ。なんにせよ、みんなが私に『言うことを聞かせたい』とか考えてくれるのは、幸せなことだよ。全てを喜んで受け入れよう!
「逆にアキラちゃんが私らに、言うことを聞かせるとしたら、どんなこと?」
「んー、まずラタはお膝で抱っこする」
「絶対に負けたくない」
切ない即答に、私以外の全員が一斉に笑う。でも私もちょっと笑った。ラターシャはどうしてもお膝抱っこを嫌がるね。
「考えてみれば、お膝で抱っこしたこと無いのってラタだけ……ああ、ナディも無いか。ナディもそうしよう」
ナディアは目を細めたものの、特に何も言わなかった。この子は別に、言われればハイハイって感じだろうな。
「あとは……カンナもお膝抱っこ苦手だよねぇ。じゃあカンナは此処に座ってもらう、とか」
私はソファに深く座り、軽く足を広げて足の間の座面を叩いた。膝の上でなければ良かろう。カンナは「えっ」と小さく言って、それから沈黙した。どういう感情か、今回は分からなかった。
「私はぁ?」
急かすように、リコットが聞いてくる。随分と楽しそうだ。
彼女はこういう願いなら何でも気楽に聞いてくれるだろうし、そもそも賭けなくても「リコ~」って泣き付いたら笑いながら受け入れてくれそうだからなぁ。賭けじゃなければ許されない願いは、何か無いだろうか。うーん……あ、そうだ。アレにしよう。思い付いたらもうそれしかないという気持ちで、私はパッと笑みを浮かべてリコットを見つめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます